久しぶりの配信と近況報告
ノーストレングスノーライフ、ストレングスファインダー大好き、ギャラプ認定コーチの原ゆかりです。
お久しぶりでございます。だいぶ空いてしまいましたね。こんなに空いたのはちょっと初めてかもしれないですけれども。
はい、いろいろいろいろありましてですね。
なんかそのあったことなんかもね、迷ったんですけどもね、これを収録するべきかどうかみたいな、ちょっとまでも残しておきたいなぁと思って。
はい、と思いました。またね、来週からはストレングスファインダーについて楽しくね、お話ししていきたいなぁと思うんですけれども。
ちょっと今回はなんか暗くなってしまうのかな。はい、でも残したいと思います。
最後までお越し聞いていただける方がいたら嬉しいです。
母親の病気と帰省
ちょっとね、先月末か3月末からちょっと北海道にね、実家なんですけれども。
母がちょっとね、病気で体調苦しんで入院したりしてまして、そのお家のサポートなんかも兼ねてね、はい、帰ってきました。
でね、4月のいつだったかな?もう6日?7日か。7日にはね、島根の方に帰ってきましてね。
もうその日から発進もね、始めようと思っていたんですけれども。
突然の悲報と息子の反応
その前日か、7月6日だったか、もう悲しい悲しい出来事がね、ありまして。
その日はね、息子をね、なかなかね、親の子サポートをしに行ったつもりがね、子供と一緒にいているので、
小学校、今新3年生になったのか、息子がいるんですけどもね。
もうずっと実家に行っ放しもね、もう飽きちゃって。
なので、子供のなんかキッズパークみたいなところにね、遊びに連れて行ってたんですよね。
でそしたら、もう帰ろうかって言った夕方ぐらいかな、夫から電話がかかってきましてね。
夫の同僚であり、家族ぐるみというかね、結構夫の職場って、家族みんなでね、バーベキューしたりとか、同僚同士の家族とかで、家族ぐるみの付き合いなんですよね。
で、その同僚のお子さんが交通事故にあったっていう連絡が入って、もうなんかザワーとですね、えーってなって、今早々、緊急搬送されてっていうのかな。
もちろん息子ともね、一緒に遊んだりもしてたし、息子もね、どうしたのどうしたのって言ってね、私の様子を見て。
で、電話を切ってからね、あのね、今ないないくんが事故にあっちゃったんだけど、絶対大丈夫だから、大丈夫大丈夫と思うねって言って、息子も絶対大丈夫って、二人でここからね、お祈りしようって、そう言ってたんですけどもね。
で、その1時間半後ぐらいか、地下鉄をね乗り換えて実家に帰るんですね。ちょうど駅降りたぐらいかな、また音から電話がかかってきて、うん、亡くなったっていうのを聞いてね。
葬儀と遺族の言葉
いやーもう息子とね、もう止まらなくって、涙が。早すぎたよね。まだね息子の一つ下で、7歳?次の新2年生かな?だったんですよね。
でね、ちょうどその飛行機で、移動日がね、島根に帰る日がおつやだったので、おつやはいけなくって、国別式はね、その受付の手伝いなんかをしてたんですけれども、もうね、手伝いに行ってるのに、もう止まらなくてですね。
で、本当にもう何しに行ったんだかみたいな感じなんですけれどもね。
そうもう涙涙の国別式で、えーでもすごいなーって思ったところが、寝なくなった子さん、お父さんですよね。母主のご挨拶の時にも、すごくしっかり話されていて、
これからもね、僕はないないと一緒に生きていけますっていうのをすごくしっかりお話しされていて、
ね、そのなんかエピソードが素敵で、こうね、空を眺めて星を見て、綺麗だねってこう言えたり、
あと何だったかな、そのだいぶ前に夫から聞いたエピソードで、その子が、なんかこう面白くって、
学校に行く登校、新1年生でしょうね、1年生で行ってる途中で、登校班っていうね、みんなグループで登校するんですけども、
僕ちょっと川で遊んでいくから、後から行くから先行っててみたいなね、朝登校している時にね、なんかこうそんなことを言っちゃったりするような、
ね、男の子だったらしくて、なんかすっごくきっと自分にこうまっすぐ、自分のやりたいとか感じたこととか、
そういったところにこう本当にまっすぐな、素直な、そのねお父さんの国別式でのお話も聞きながら、
だったんだろうなーって思ったんですよね。で気づかされたところが、結構すごくその前の、
母親の病状と気づき
親のねサポートに行ったところともすごくなんかいろんな気づきで繋げさせてもらってというか、
母はなんかもう病気をダブルで掛け持ちというか、もう10年以上前になるのかな?
網膜色素変性症っていう病気になってしまって、遺伝性のものなんでしょうね、母の。
おばさんとかも同じ病気になっていて、視野がどんどん目の見える範囲が狭くなってきて、いつかは失明してしまう。
早い人なら5年とか、人によっては10年とかわからない。でも治療法がない病気で、母もどんどんどんどん視野が狭くなってきてしまっていて、
やっぱその頃からすごくいつも、絶対なんかポジティブ資質あるよねみたいなね、明るくてニコニコで、
すごく社交性もきっとあるのかな?誰とでも仲良くなって、本当に友達も多くて、そんな母だったんですけどもね、
少し元気がなくなってきて、高年期とかも重なって鬱っぽくもなってたのかな?
そこにとどめで今回は心臓の方の病気で、これも治らない。だんだん動かなく、いつ動かなくなってもおかしくないみたいなね。
今回一気にその症状が悪くなってしまって、結構台所にも立てないみたいな感じだったので、ホットクックとか買ったりして、
いろいろしてきたんですけども、
父もね、そんな母を見てこう、かわいそうだかわいそうだって、もうすごくね、なんかこう家の空気というか雰囲気がね、
それでも母はね、私の前ではこう気丈に振る舞ってたりするんですけども、
私もねやっぱり、いやーなんかかわいそうだなーって誰でもね、なってしまうと思うんですけれども、
でも、なんかそれでも当たり前じゃないんだなっていうことに、
そのね、男の子が気づかせてくれたなーと思って、
命の当たり前ではない奇跡
当たり前になんだろうな、生まれて学生になって、社会人になって、結婚して子供が生まれて、
おじいちゃんおばあちゃんになって、孫ができて、それがなんか普通のサイクルって思っちゃってたんですけど、
それが当たり前じゃないんだよなーっていうことに、
なんかね、ありきたりの言葉しか言えないんですけども、すごく気づかされたっていうか、だから、
母もね、かわいそうだなー、不幸だなーって、なんで母ばっかりがね、こんな状況にってなるんですけど、
でも、そこまで生きられたこととか、孫もいて、おばあちゃんになれたっていうだけでも、
なんか当たり前じゃないんだよねっていうところにすごく気づかせていただけたなーと思って、
なので、不幸とか、できてないところ、自分にないところを見たら、きりがないんだけれども、
やっぱり、必ず逆の面もあるというか、違うところから見たら、生きてるだけでも幸せなんだよねーみたいな、
今まで自分が全然気づかなかった、見れなかった角度から、物事を見させてくれるすごく大切なことを教えてもらったなーと思って、
そんなこともね、なんか残しておきたいなーと思って配信を撮りました。
息子の感性と前向きな決意
国別市から帰ってきたらね、息子が、帰ってきたんじゃない、その日の夜か、気がついたら、息子がですね、段ボールで、なんていうのかな、墓石っていうんですかね、ちっちゃい、
作っていて、そこにちゃんとね、亡くなったこの〇〇くんって名前が書いてあって、前におりずるとお守りが置いてあったかな。
なんか本当に子供の感性って、そういうところ素敵ですよね。
そこに国別式でもらってきたお花をね、隣に添えて、今でもね、もうなんか1週間以上経つのに綺麗にね、咲いてるんですよね。
しばらくは気づいたら、息子と手を合わせたり、そんな風にしてるんですけれども、
そう、そしてもう一つ気づいたのがね、生きてるんだから、なんかね、ちっちゃなことでくよくよしたり、落ち込んだりしちゃうんだけれども、
それも悪いことじゃないんですけども、なんかそれすらちゃんとね、しっかり味わって、せっかく今ある人生を生き尽くしたい、味わい尽くしたいなって思ったんですよね。
生きてることが当たり前じゃない、なんかこの子に恥じない生き方。
いっぱい失敗もして、いっぱい凹んだりもしたけど、いっぱい自分にもこうさせてあげて、
明日ね、どうなったとしても生き切ったよって言えるような生き方したいなっていうことをすごく教えてもらって、
いろんな感情があったんですけれども、でもまた前を向いて、楽しくね、自分のやりたいこととかもね、やっていきたいなと思いました。
今後の配信予定
はい、という久々配信でございます。
またね、今後ね、そう楽しいイベントもね、東京で待っているんですよ。そんな告知なんかもですね、来週からまたしていきたいなと思います。
メルマガもちょっとね、お休み気味だったんですけども、また始めていきたいなと思います。
ということで、また来週からよろしくお願いします。