ケニアの田舎での宿泊体験と「自殺シャワー」
はい、始まりました。どさ日記シャープ15です。 今日も今日とて、ポッドキャストのあるものが巷で流行っているそうなので、やってみたいと思ってやっていきたいと思います。
この番組は、アフリカ母国在住30代男性が、自分の人生どこさ向かってるんかと思いながら、 暮らす日々で起こったことや考えたこと、気のついたことをつらつらと綴っていきたい声の日記です。
あくまでも個人的な日記なので、内容が面白くない等のクレームは受け付けていませんが、 いけないとわかっていながら、他人の日記をちょっとのぶり込みたいというそこのあなたは、ぜひお付き合いください。
本日は2026年7月14日の火曜日に収録しております。
今週はちょっと出張でまたケニアの地方の方に来ていて、いつもと収録環境が違うので音が違く聞こえますけれども、その点はお了承ください。
でね、ケニアの田舎の方に来ると、その泊まっているホテルっていうか宿みたいなところで、電気がつかなかったり、水が出なかったりお湯が出なかったりするんですよね。
で、だいたいいつも月曜日に到着して、金曜日にチェックアウトというかナイロビに戻るので、1週間4泊5日で滞在することが多いのですが、結構ね、この電気がわりと通じるというか低迷になることはたまにしかないんですけど、お湯はね本当になかなか出ないんですよ。
だいたい4日滞在していると、1日か2日お湯が出ればありがたいなっていう感じで、結構ね、ケニアは暑いと思われがちですが、夜は冷えて、特に今の7月とか8月は一応ね冬っていう形になっているので結構夜は冷えるんですけど、そこでね水シャワーを浴びるのは本当に苦痛なんですよ。
ただ今日はお風呂を出た後に、シャワーを浴びた後にこれを撮ってるんですけど、お湯が出たのでね、非常にさっぱりしてテンションが上がっている状態です。
で、こういう田舎のホテルとか、ホテルって言うとちょっと大げさなんですけど、野戸みたいな宿泊所みたいなところに泊まるんですけど、いわゆるインスタントシャワーみたいな、インスタント電気シャワーみたいな、シャワーヘッドのところにカチャッと取り付ける装置というか器具があって、
そこに電流が流れていて、瞬間的にお湯にするみたいな形式のシャワーが結構あるんですよ。
で、これが巷では自殺シャワーとかっていう風に呼ばれていて、で、なんでそんな物騒な名前がついているかっていうと、電気を水に流してそれで温めてお湯にするんですけど、
このね、出てくる水がなんかで電気をまとっていてすごいピリピリすることがあるんですよね。
で、一応そういうこともあるんですけど、もっと施工が悪かったり管理が悪かったりすると、この電線が伸びてきて体に触れてそれで感電死してしまうみたいなケースも結構報告されていて、それが故に自殺シャワーって呼ばれたりするんですよね。
しかもこれはもう僕がただ単純に知らないだけというかマスターできない、マスターできてないだけなのかもしれないですけど、お湯のね温度の設定もすごく難しいというかほぼ不可能なんですよね。
なのでめちゃくちゃ暑い時があったりとかして、それはそれで火傷の可能性があるって意味で非常に危険なシャワーなんですけど、
まあそういうシャワーを浴びながら、でもねやっぱりないよりはある方が幸せなので、今はハッピーな気分です。
でねこれもう一個罠があって、このお湯というか水を出す時にノズルっていうか蛇口みたいなの開くんですけど、
開ける時は電気が通ってないんで大丈夫なんですけど、シャワーが終わって閉める時にこの蛇口というかノズルみたいなところが電気が通ってて手で触ると、それもねまたピリピリ感でして結構痛いんですよね。
なので出る時にはタオルとかを一回かませて、それで閉めるようにしてるんですけど、まあそういう感じの生活を送っているところであります。
でもねなんていうか、ナイロビニの家にはバスタブがなくてシャワーしかないんですよ。
で、そこ、ナイロビの家は大きい、大きいと言ってもそんなこと言ってないけど、温水タンクみたいなのがあって、そこにお湯がたまってそのお湯がなくなるまではお湯が出ますみたいな形式になっているので、
まずお風呂に入る前、30分前ぐらいにその給湯器というかをオンにして、お湯がたまったらシャワーを浴びて、でもあんまり長く入りすぎてたり家族が連続して入るとどんどんどんどん水に変わっていっちゃうって感じなんですね。
で、ナイロビにいるときには頼むからバスタブをくれというかバスタブ入りたいなって思うし、シャワーも途中で冷たくなっちゃうのであーとかって思うんですけど、こういうね、北風に来るとシャワーでお湯が入る、お湯が出るだけありがたいなと思うようになります。
で、もっと田舎の方に行くと水が出ないっていうこともざらなので、水でもいいからシャワー浴びさせてくれっていう風な感じになってきて、人間ね、あのある恵まれてると恵まれてるだけどんどん欲しくなってしまうものですが、足りなくなっていくとそれはそれでその一つ一つに感謝できるんだなという風に思ったりもします。
見知らぬ旅行者との出会いと人助けの難しさ
結構なんかどうでもいいシャワーの話で長々としゃべってしまいましたが、今週あったことで言うと、この間スーパーに買い物に行ったんですよ。スーパーと言ってもショッピングモールみたいなところに入ってるスーパーで買い物をして、で、帰る途中に突然おばあさんというかおばあさんというか白人のおばあさんに話しかけられて、
その会話をしていたところ、どうやら南アフリカから旅行できたそうなんですね。
で、本当はその時は日曜日だったんですけど、金曜日のフライトで帰る予定だったのが、急遽今日帰りたくなったので、そのフライトの変更がしたいんだという話をしてきました。
ただ、現金が手元になくて、かつカードも落としてしまったのか盗まれてしまったのかない状態で、変更する手続きが、手続きの手数料が払えなくて、フライトの変更ができなくて困っているんだという話をしていました。
で、南アフリカの鉱山にはもちろんたくさん十分なお金があるんだけれども、なんかその方は2週間前ぐらいに県に到着したらしくて、でもこの2週間で南アフリカ政府が、これ本当にちゃんとソースはっきりと取ってないので、そのおばあさんが言ってたことを恨みにしてお話しますけど、
その海外、南アフリカから海外に不正送金がたくさんありすぎて、南アフリカから海外の鉱座とか、そういったところに送金するのを一旦全部ストップしているから、南アフリカの鉱座にあるお金も使えなくて困っているんだっていう話をされましたね。
で、まあ放っておきないというか助けてあげたいなという気持ちはあるんですけど、その時手元にはもちろん自分の現金はないし、まあ現金があっても1万円ぐらい必要だというふうに言ってたんですけど、まあそれをね、1万円って結構大きいお金ですから、見ず知らずの旗にポイってあげたり貸したりすることも、まあたとえお金を持ってたとしてもなかなか難しいなというところで、
どうにかお金を携帯とかである鉱座を開いて受け取ってナイロビで現金化する方法などを調べながら一緒に話してたんですけど、なかなか難しそうな感じだと。
で、僕はナイロビに住んでいるので、ケニアの銀行に鉱座を持っていて、まあそれだったらお金を受け取ることができる。
で、なんかそのちゃんとした銀行と銀行の間の送金だったらできるみたいな話で、僕の銀行鉱座にお金を送るので、それを引き落として、引き下ろしてくれないかっていう話をされました。
ただそのモールには僕が使っている銀行がないので、まず鉱座がそこにはないということで、まあそれをするなら移動しなくちゃいけないっていうことと、
あと、日曜日だったので多分その日のうちにお金を預かるというか、送金を受け取ることも多分できないっていう状況だったので、
ちょっと助けあげられなくてごめんねっていう話をして別れたんですが、まあこういう時にね、なんか人助けとか、どれぐらいまでするのがいいんだろうなと思いながらも、
まあでもね、それ現実的にはなかなか見ず知らずの人に手を差し伸べてあげたらいいのかもしれないんですけど、できなくて申し訳ないなっていう思ったことがありました。
結構これはケニアに限ったことじゃないのかもしれないですけど、国によってはというか場所によっては結構他人と話すことが、話す障壁がない場所ってあるじゃないですか。
海外と日本のコミュニケーション文化の違い
結構見ず知らずの人が突然話しかけられてきて、しまあケニアにいるとケニア人じゃない人たちだと結構目立つので、なんかチンチャンチョンとかチャイナとかって場にしてくる人もたくさんいるんですけど、結構友好的に話しかけてくれる人も多いんですよね。
こういうのもいいのか悪いのかわかんないですけど、海外生活が長いとそういう風潮になんていうのかな、慣れてきてしまうことがあって、たまにね、日本に一時帰国とかしていくと、
エレベーターで一緒になった人とか、あとなんだろうな、たまたまバス停で一緒になった人とかに不意に話しかけそうになって、ああって思うときが多いです。
多分ね、日本で突然見ず知らずの男性が話しかけてきたらめちゃくちゃ怖いんだと思うんですよね。それはもう話しかけられる人が誰にもわからず。なのでまあ気をつけなくちゃなというふうに思うんですけど、
でもね、日本も田舎の方だと結構おじいちゃんおばあちゃんとか話しかけてきてくれたり、話しかけると友好的に対話してくれるというか、立ち話雑談に花が咲くことがありますけど、
特にね、東京だとそういった他人同士の関わり合いっていうのは限られた空間でしか起きないことだと思うので、なんていうのかな、ちょっと寂しいという気もするんですよね。
まあその、突然話しかけてその場で友達になって雑談するとかっていうふうまではそんなに期待はしないですけど、ちょっとしたコミュニケーションが日本に特に東京でいると不足してるなって感じることが多いですよね。
簡単な例というか、こないだ日本に帰った時に思ったので言うと、駅の改札でみんなスイカとかパスマでピッピッピって通るじゃないですか。で、たまに残打波が足りなかったりエラーが出てピーって止まって改札閉められちゃう人がいるじゃないですか。
ただ改札って、日本の改札って本当にスムーズに通れるようになっているから、後ろの人がすでにもう流れてきてますよね。なのでこう、前の人が止まってしまうとちょっとぶつかりそうになったりとかすると思うんですけど、そういう時ってなんか自分だったら焦らせませんとか一言言ったりとかすると思うんですけど、
なんか目を伏せながら黙って出て行ってしまう人とか多いなっていう印象があったりとか、あとなんだろうな、ちょっとドアがこう手段のドアで開けて、後ろの人が入ってくるから閉めないで押さえて待ってあげたりとかするじゃないですか。
結構海外とかだとサンキューとかっていう風に言ってにほやかに、サンキューまで言わないにせよ、にほやかにえしゃくとかして目が合って気分がいいねみたいな感じなんですけど、結構ねそれも何も反応してくれない人がいたりとかして、そういうのはねちょっと寂しいと思うし、なんかどうにかならないかなっていう風に日本から離れてると思ったりすることも多いです。
なんかすごい海外かぶれというか、日本を下げるようなことを言ってしまったんですが、まあでもね日本には日本の良い人との距離感っていうのがあって、それはそれで僕もその中で生きてきたので、逆に海外にいると距離が近すぎて困るなーっていうことも多かったりするし、
そもそもね、あまり治安が良くないところで話しかけられて、その間にカバンから財布を取られたりとかっていうこともあるので、気をつけるに越したことはないしとは思うんですけど、まあそういう治安のこととかも気にしないで人と人がコミュニケーションを取れる世界になったらいいのになーとかっていう風には思ってはいるんですが、
まあ、なかなか難しいというか、その国々の場所場所の風潮というか、慣習があると思うので、業に行っては業に従えということで、そこの場所のルールに従って生活をしていくんだろうなーというふうに思っています。
こんなことをつらつらと喋ってまいりましたが、こんな日記はさっさと破り捨ててしまいたいと思います。それではまた来週。バイバーイ。