もし、あなたの住んでいる家そのものが、あなたに毎日その小さな記憶喪失を引き起こしていると言ったら、信じますか?
いやー、それってちょっとしたホラー映画の始まりのようにも聞こえますけど、実は紛れもない科学の事実なんですよね。
そうなんですよ。例えば、リビングで、あ、ハサミを取りに行こうって思い立ってキッチンへ向かったのに、入り口を跨いだ瞬間に、
あれ?私何しにここに来たんだっけ?って立ちすくす。リスナーのあなたも絶対に経験があるはずです。
えー、ありますよね。冷蔵庫の前で理由もわからずフリーズしてしまって、自分の物忘れの激しさにゾッとするあの瞬間です。
はい。今回のキリオシティノーツリプレイでは、このあまりにも日常的で、かつ奇妙な現象の裏側にあるメカニズムに迫ります。
単なる老化や不注意だと思われがちなこの現象が、実は私たちの脳に組み込まれた非常に高度なシステムの一部だったとしたら。
いやー、日常の些細なフラストレーションの中に、人間の認知システムの驚くべき秘密が隠されているわけですからね。
これだから、人間の脳について探求するのはやめられません。
本当にそうですね。今日は、いくつかの魅力的な研究論文をテーブルの上に広げて、この謎を一緒に解き明かしていきましょう。
はい、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
えっと、私も最初は単に、最近疲れているから物忘れがひどいのかなって思っていたんですが、
アメリカのノートルダム大学のガブリエル・ラドバンスキー博士の研究論文を読んでいて、思わず声が出ちゃいましたよ。
これ、劣機とした心理学の現象として研究されているんですね。
ええ、そうなんです。この現象は心理学では、ドアウェイ効果、つまりドアウェイエフェクトとか、文脈依存記憶と呼ばれているものです。
ラドバンスキー博士の実験デザインがまた面白くてですね。
はい、被験者に特定のアイテムを持たせて移動させるんですよね。
そうです。同じ部屋の中をずっと移動し続けるグループと、ドアを通って別の部屋に移動するグループに分けたんです。結果はどうなったと思いますか?
これが不思議なことに、移動した距離が全く同じでも、ドアを通過して別の部屋に入ったグループの方が、圧倒的に持っているアイテムに関する記憶が低下したんですよね。
まさにその通りです。つまり、物理的な距離ではなくて、ドアという境界線そのものが、記憶をリセットする引き金、トリガーになっていたわけです。
いやー、そこが一番の驚きでしたよ。ドアを通るという行為そのものがスイッチになっているっていう、論文の中では脳がこのドアをイベント境界として認識しているとありましたよね。
ええ。イベントホライズンモデル、自称の地平線という言葉を使って説明されていました。
あ、それです。自称の地平線って、物理学でブラックホールを説明するときに使う言葉ですよね。何で心理学の論文で急にブラックホールが出てくるのか、そこを少し噛み砕いてもらえますか?
非常に鋭い着眼点ですね。物理学における自称の地平線というのは、そこを超えると光でさえもブラックホールの重力から逃れられなくなるっていう、引き返せない境界線のことです。
はい。SF映画とかでよく聞くやつですよね。
ええ。ラドバンスキー博士がこの比喩を用いたのは、私たちの脳もまた、ドアのような空間の区切りを通過した瞬間に、古い記憶のパッケージをその引き返せない領域へと押し合ってしまうからなんです。
なるほど。つまり、リビングという空間からキッチンという空間へ境界線を超えた瞬間、リビングで考えていたハサミを取るぞっていう目的が、ブラックホールの彼方に吸い込まれてアクセス不能になる、と。
まあ、おっしゃる通りです。私はサーベルタイガーと戦いたいわけじゃなくて、ただAmazonのダンボールを開けるためにハサミが欲しいだけなんです。私の優秀すぎる原始人の脳に、ここは安全だからラムをクリアしないでって伝えて、記憶の消失を防ぐための現実的なハックは何かありませんか?
もちろんです。いくつか実用的なアプローチが提案されていますよ。まず、最も現代的で確実なのは、最初から脳のワーキングメモリーに頼らないことです。つまり、外部の記憶装置にオフロード、片割りさせるんです。
ああ、なるほど。スマホのメモアプリとか音声入力を使ったり、スマートウォッチにハサミを取るってリマインドさせたりすることですね。
ええ。もうのラムの容量が少ないなら、外部デバイスというハードディスクを増設してしまえばいいという考え方です。
確かに、それが一番確実ですね。
しかし、もしツールを使わずに忘れ物をしてしまって、キッチンで立ち尽くしてしまった場合、この時絶対にやってはいけないことがあるんです。
えー、何ですか?
それは、その場でうんぐん縫って無理矢理思い出そうとすることです。
えーと、ダメなんですか?私よく頭を抱えてフリーズしていますけど。
それは一番効率が悪い方法なんですよ。文献の中で提案されている最も速攻性のある解決策は、元の場所、つまりリビングに戻ることなんです。
えー、単純に歩いて戻るだけでいいんですか?
はい。なぜなら、人間の記憶はその時の環境、つまり文脈や視覚情報と強力なリンクを形成して保存されているからです。
ほうほう。
キッチンという全く別の文脈の中では、ハサミというファイルにはアクセス制限がかかっています。
しかし、元のリビングに戻って、さっきまで座っていた椅子に座り、同じ景色を視界に入れるとどうなるか?
あー、脳がさっきのシーンに戻ったなって認識するわけですか?
その通りです。脳は一時保存されていたファイルを再び開いてくれます。
途切れていた脳内の神経回路が視覚的なトリガーによってパチッと再接続されるんですよ。
なるほど。あ、そうだ、テーブルの上の手紙を開けようとしてたんだって。
景色がヒントになって紐づいた記憶がズルズルと引っ張り出されるわけですね。
まさにそれです。そしてもう一つ、どうしても忘れたくない時の予防策もあります。
お、知りたいです。
それは、ドアという境界線をくぐる間、ハサミ、ハサミ、ハサミと声に出して言うか、心の中で強く唱え続けることです。
なんだかおまじないみたいですね。それって科学的な裏付けがあるんですか?
もちろんあります。心理学でオインループと呼ばれる、言葉を一時的に保持するワーキングメモリーの一部を強制的に占有するんです。
オインループですか?
はい。言葉にして反復し続けることで、脳の自動リセットシステムに対して、
このファイルは今まさにアクティブに使っている最中だから絶対に閉じないで、とマニュアル操作で上書き保存の指示を出し続けるような状態を作れるんです。
それは面白いですね。脳のオートメーション機能に対して、自分の声というマニュアル操作で対抗するわけですね。
ええ。
リスナーのあなたも次に別の部屋に移動するときは、ぜひこのおまじないを唱えながらドアをくぐってみてください。