おはようございます。いとうゆうこです。
このチャンネルは、起業や副業を頑張りたい方を応援するチャンネルです。
今日も聞いていただきありがとうございます。
今日は特別回ということで、前回に続きまして、
なんとなんと3ヶ月音声配信伴奏させていただいた方、特にコーチの仲間ですね。
その方をゲストに、まさに目の前にいらっしゃっていますが、
特別回ということでね、いろいろと3ヶ月伴奏どうだったかを聞いていこうかなと思います。
ということで早速お呼びしましょう。
いとう…ゆうじじゃないんですよね。ひろしさんですね。
はい。
よろしくお願いします。
ということで、自己紹介をお願いします。
はい。いとうひろしこと、いとちゃんと申します。よろしくお願いします。
ゆうこさんのラジオのリスナーの方、初めましての方はほとんどだと思いますが、よろしくお願いします。
私はプロコーチをやっておりまして、その他にも、
ファシリテーター、レゴブロックを使ったワークショップがあるんですけど、
そのファシリテーターをやったりとか、研修講師の仕事もしていて、
今回は仙台に出張に来ているんですけど、
それも昨日、東北大学の方で研修の登壇があったので、仙台に来ております。
そういう感じで、スタッフに関してはですね、
去年の12月からスタートしてまだ新枚でございますが、
何回配信しましたっけね。
今週、前回でちょうど30回でした。
すごいスピード、すごい数をやられていますが、
今日はたっぷりこれまでの3ヶ月を聞いていこうかなと思うので、どうぞよろしくお願いします。
はい、ということで早速なんですが、前回もう一人の方、春宮さんという方にインタビューさせてもらったときに、
春宮さんはコーチングの資格とかも取ったタイミングで、
自分でこれからお仕事をしっかり頑張っていきたいというフェーズの方だったんですけど、
こと伊藤ちゃんに関しては、私個人事業主ですけど、伊藤ちゃんはもう会社を設立されていて、
しっかりプロコーチとして、コーチという分野ではもう大大大先輩というようなね、
ランクって言ったらいいのかな、そういう部分もあるかと思うんですけど、
なぜそんな人がスタイフをやり始めたのか、
そして私のこの伴奏を聞き受けていただいたのか、
まずそのきっかけ、そこらへん聞きたいんですけど、どうなんでしょう。
はい、ありがとうございます。
スタイフを始めたきっかけはですね、3つあります。
1つ目は、友人でもあり、コーチでもある、
マホーブラジオっていうところで、スタイフじゃないんですけど、
ポッドキャスト、スポティファイとかで流している、
彼らが1年前くらいかな、1年半前くらいにスタートしていて、
それのヘビーリスターだったんですね、僕らね。
去年のゲストで呼んでもらったんですよ。
その時に、ラジオ、音声配信ってこんな風なんだっていうのがあってですね、
いいなあっていうのがあったんです。
ただ、すごい機材がね、がっつり置いてあって、
これちょっと真似できないかなっていうのもあったというのが1つ。
で、興味が湧いたということですね。
で、その後に、ゆう子さんがコーチングスクールのイベントで、
音声配信かけるコーチングってやられてたので、
面白そうだなと思って参加した。
で、それでも、なんていうんだろうな、
ハードルが高いというか、自分の声を全世界に出すみたいなのってやったことなかったし、
どうなんだろうなと思ってたところで、
同時並行で、メンタルマネジメントスクールっていう、
コーチングだけじゃないですけど、
カウンセリングも、その瞑想とかゾーンフローとかもやってたときに、
コンフォートゾーンをご用意しましょうみたいなトライアルがあってですね、
それもあって後押ししてもらって、
じゃあ音声配信やってみようということでやることを決めて、
ただ自分一人だとちょっと知識とかもないし、
SNSも全然得意な方ではなかったので、
そういえばゆこさんが3ヶ月伴奏支援募集してたなと思って、
申し込んでみようっていう感じで申し込み、
そこから配信を始めたという感じですね。
じゃあこのまま、もちろん今後もずっと続けていくんだろうなっていう感じがしますけど、
そんな中で、一人でももしかしたらできたかもしれないんですけど、
でも伴奏っていう、伴奏の良さとかっていうのは何か感じますか?
そうですね、やっぱり、
そもそもSNSとかが得意な人とか、
ソフトとかの得意な人は全然ご自身でできると思うし、
実際やってるコーチ仲間とかはいるんですけど、伴奏なくてもね。
そういう人はやってもらえばいいと思うんですけど、
僕はそこまで得意じゃなかったし、
自分の声を出すっていうこと自体にもハードルがあったし、
おそらく一人でもできたと思うんだけど、
たぶん12月8日に、
初っ端はいけなかったと思いますね。
おそらく今ぐらいまでかかってたかもしれない。
わかんないですけどね。
やっぱりそんだけプロの人についてもらうっていうことを決める。
自分の中でもコミットだし、
先延ばしできないみたいなのもあるじゃない。
なのでそういう意味もあったし、
客観的にフィードバックしてもらえるので、
そういうところはすごく貴重な、
自分にとっては良かったなと思います。
ご自身も伴奏支援っていうのをやるっていうところもありますからね。
そもそもの伴奏っていうのの良さっていうのは、
お互いに分かっていると思うかなと思います。
それはあると思います。
じゃあ今後の未来に向けての質問なんですけど、
スタイフって他のSNSよりは世界が狭いというか、
分母が狭い。
だからこそお互いにコミットし合えるという良さもあると思うんですけど、
他のスタイフの仲間の人たちとこれからこういう風に絡んでいきたいとか、
そういう人との交流っていうのはどんなイメージで今いますか?
そうですね。正直今だとスタイフで、
全然知らなくてスタイフで出会って、
コラボしましょうみたいなところまではいけてないんですけど、
それこそマホーブラジオさんじゃないですけど、
リアルで知っててっていう方は何人かいらっしゃるので、
まずはそういう人からコラボの実績というかね、
コラボの回数を増やしていきたいなと。
その先には全然会ったことないけどスタッフで出会って、
世界観とか共感できるねとかっていう人に会って、
さらにそこがつながっていくといいんだろうなっていうのはありますけどね。
一番最初にZoomでどういうチャンネルにしていこうかとか、
方向性とかいろいろ話したと思うんですけど、
その時はまだやってないところもあって、
自分のお仕事につながり、遠い将来ね、
お仕事として関わりたい人に聞いてもらいたいなとか、
それこそ個人でも何かコーチングとかっていうのもあるかもしれないし、
そういう絡みも想像してたと思うんですけど、
今その目的が少し変わっているのかなというのをちょっと感じたんですけど、
どうですか?
そうですか。
あんまり意識はしてないですけどね。
もちろんガッツリね、スタイフを使って稼がれている方っていうのがいらっしゃるんですけど、
僕は少なくとも自分が音声配信っていうのは慣れてないし、
まずはそこをしっかりやれるようになりたいなっていうのは先。
もうちょっと絞るのは先でもいいかなという感じではいます。
いいですね。
そう、なんかそんな感じがするんですよね。
日常の中に溶け込んできたような雰囲気を感じていて、
そこで伊藤ちゃんの人となりが伝わっていって、
結果としてお仕事につながるということもあるだろうけど、
それが目的にはなっていないような感じがしてきて、
なのでね、ちょっとここからはせっかくなので、
伊藤ちゃんってどんな人って、ちょっと人となりを皆さんに聞いてもらいたいなと思うんですけど、
今日ね、ここ仙台の地に来て、
みなさん東北の人以外わからないかもしれないんですけど、
東北大学っていうのはやっぱり仙台の大学の中で一番トップなわけですよね。
東北大の人なんだね、トンペイって言うんですけど、
トンペイの人なんだね、なんていう感じで、
ある種、一部の、なんだろう、やっぱりこう、
変に甘め貫いてるわけじゃないけど、
少しこうリスペクトしてるような気がするんですよね、東北の人たちっていうのは。
そんな中でお仕事をするっていうのは純粋に素敵なこと、素晴らしいなと思うんですけど、
お仕事はね、私は個人でやって、
それを会社にするっていうのは結構すごいことだなと思うんですけど、
どんな経歴で今あるんですか、お仕事、そもそも。
どんな経歴、サラニマン時代がどうのってことですね。
私は、今までちょっと言ってなかったかもしれないですけど、
愛知県に住んでおりまして、
親が航空自衛官だったので、いろいろ転勤してたんですけど、
最終的には親の親というか、おじいちゃん家の近くに愛知県に住んで、
そこから大学院まで行って、そこから理科学研究所っていうところに勤めました。
研究者3000人くらいいるんですけど、研究の方じゃなくて、
アドミの方ですね、事務職の方をやっていて、
例えば文科省参加の法人なので、
霞ヶ谷基金に対して、研究予算ください、運営予算くださいっていうセッションをしたりとかですね。
あとは大学とか研究機関とのコラボレーションのコーディネートをしたりとか、
あとは研究リーダーとかの採用、世界中からいい人を採用するみたいな、
いわゆる研究そのものではないけど、それに付随する大事なことっていう研究支援っていう仕事を20年ほどやってきました。
その間にコーチングっていうのも出会ってですね、国際資格を取って、
いろいろ親のケアもあったし、子どものこともあったりしてですね、
最後単身不倫だったりしたので、それもあって仕事の区切りでコーチングの資格もあるし、
人生一回だから、会社の看板なくて自分でどんだけできるのかみたいなところもあって、
思い切って辞めて、まずはフリーランスで2年ほどやってですね。
去年の7月に個人化したという感じでございます。
20年勤めた会社を辞めてチャレンジするって、結構女性とかはね、仕事と子育ての両立で辞めるとかっていうのはあるけど、
少しやっぱり女性と男性での、わかんないですよ、勝手な想像ですけど、
頑張らなきゃみたいな負担感、やっぱり男性の方が強いのかなってイメージあるんですけど、
ご家族とかの反応を含めてどうだったんですか?
そうですね、簡単ではなかったですよね。
やっぱりうちの親にすごい反対されました。
割と流し入れてるところに勤めてたし、お給料もたくさんもらっていて、
別に自分自身もそんなに出世が遅れてるとかっていうこともなかったし、
海外も駐在させてもらったりとかもしたので、別に何か問題があったというわけではないのに、
なんでそういうのを捨てて保証が何もないところに行くんだというのですごく反対されましたけど、
それでも辛抱強くですね。親にプレゼンで見せてね。
今は貯金はこのくらいです。生活費はこのくらいです。
退職金でこんだけもらえる。ここまで行って、無理だったらまたサロリーも戻るからみたいな話をしてね。
それでも納得しなかったよ。しなかったけど、そこはある程度見切り発車をして、
自分としてはやっぱりそんなの分かんないわけですよ。
親世代がコーチングって何たるやみたいなの分かんないので、
これは結果で見せていくしかないということでですね。
まあそれは排水陣ですよね。僕に関してもね。
失敗したら家族も路頭に迷うしみたいなところがあったけど、
別に丸腰ではなくて、サロリーマンの時代からそれこそ実績が積んでたし、国債資格も取ってたし、
実績があったので、自分としては丸腰でいきなりお店を建てますとかいうことでもないから、
そんなに初期コットがかかる業態でもないので、まずはやらせてくれとやって、
実際初めての確定申告とかでもちゃんと税金を納めましたし、
やってる仕事も東北大もそうだし、東大も京大も取引させていただいているので、
それを見て親も大丈夫そうかなっていう感じで、今は応援してくれてます。
サロリーマン時代から、副業とは違うのかもしれないけど、
拙商もやっていたってこと?
やってましたね。
じゃあもう辞めても、本当に一円も稼げないみたいな心配はなかった?
そうですね。
でもお仕事しながらお拙商もするって結構時間的にも大変だったんですか?
大変でしたね。特に最後の方は。
昼はサロリーマンの仕事をして、夜は拙商やってみたいな時期もあったので、そこは大変でしたね。
そんな大変な生活を何で続けられていたんですか?
何で続けられていたか、何でだろうね。
ちょっと記憶が曖昧ですけど、その企業を決めて、結構資格とか取りたい人なんですよ、僕。
なので、当時は国際コーチング連盟のACCっていうやつを2017年に取ったんですけど、
PCCを2023年の11月に取ってるんだけど、そこで上野を取りたいっていうのはあったと思います。
なので、やるからにはちゃんとしたプロになりたいっていうのがあったから、
多少辛くてもっていう部分と、やっぱり会社に、最後の方はですよ。
会社に人生のハンドルを握られるっていうのはどうなんだろうっていうのがあって、
僕の師匠の谷口隆彦さんというマスターコーチの方がいるんですけど、その人のセッションを受ける機会があってですね、
その時に、伊藤さん、自分の人生のハンドルは自分で持ちなさいって言われたんですよ。
で、それがすごく残っていて、なのでやっぱり自分に力があれば、
例えばですよ、例えば不本意な移動とか転勤とかあった時に、それで飲む人飲まない人いると思うんだけど、
サラリーマンとしては飲むべきだと思うんだけど、それが自分の人生に合わなければ他の選択肢を持っておくっていうのも大事だと思ったので、
多分そういうことなんじゃないかな、今思い返してみると。
ちゃんと自分でもカードを持っておきたいから、多少その時は睡眠不足があったかもしれないけど、
ちゃんと実績を積んで、そういう時に備えるっていうのもあったし、
ライフワークとしてサラリーマンを続けてたとしても、僕はコーチングを続けていたと思うので、
そこは辛くなかったと言えば嘘になるけれど、やっぱり頭が違うじゃないですか、サラリーマンの仕事とコーチングと違うので、
それがアクセントになってたというか、そういう部分もあると思います。
切り替えれるので、その間はちょっと一旦置いておいて、
今思い出したけど、サラリーマンの仕事をやって、コーチングのセッションをやって、
急ぎのやつを夜にやる、残業をやるみたいなのもやってましたね、一時期ね。
そんなにたくさんじゃないけど。
その考えに至ったのは、元々気質として、言語化はもちろんできていない、認識もしていないけど、
やっぱり自分の人生は自分でカードを持っていきたいっていうような気質があったのか、
それともやっぱりコーチングを学んで、やっぱり自分の中の考えなり、中にあるものが大手に出てきたのか、
それ以外かっていうのはどんな?
そうだね、多分コーチングを学んだからだと思います、ショートアンサーは。
やっぱり自分は何がしたいのっていうのが問われるじゃないですか。
それを普通にコーチングを知らないでサラリーマン生活をしていたら、
多分サラリーマン生活の中でいかに結果を出すか、いかに昇進するか、みたいなところだけ見てたと思うんだけど、
たまたまコーチングでやって学んだので、自分は何がしたいの?何ができるの?っていう自由度を手に入れたし、
もちろん副業コーチでもすごい腕がいいコーチもいるし、副業だからこそ現場にリアルに使えるから、
そういうので活躍されている人いっぱいいるんで、それはそれで僕はめちゃくちゃ尊敬してますけど、
当時の僕には不器用でできなかったというところもあるかなと思います。
なるほどね。伊藤ちゃんの真っすぐさが今伝わってきた。
そうですか。
そういうのあるかもしれないですね。それぞれの器用さ、不器用さ、良い悪いではなくてね。
そうそうそうそう。ちょっと余談になるんですけど、うち娘が年子で、今中2と中3いるんですけど、
下の子が生まれた時に育休9ヶ月取ったんですよ。
で、僕も同期、同じように同期で年子で男性の同期がいるんだけど、彼は時短で乗り切ったんですよ。
なのでそこらへんも何て言うのかな、伊藤ちゃんらしさというか、
なんかちょっと不器用なところがあるのはあるかな、今話してて。
一旦こう回路を絶ってというか、一旦こっちはお休みしてこっち全部にするみたいなところがあるかもしれないですね。
だから独立したっていうのもあるかもしれないですね。
そうそうそうそう。
あーなるほどなるほど。えー面白い。そっかー。
そんなね、頑張り屋さんというか、あれですけど、なんでそこまでコーチングにのめり込んだというか、コーチングの良さって。
受ける側で居続ける人もいるじゃないですか。少ないと思いますけどね。結局学びたくなる欲求はわかる気がするけど。
魅力?なんでしょうね。どうなんだろうな。やっぱり新しい可能性を作ってるし、未来志向ですよね。
そういうのが自分に合っているんじゃないかなと思うし。
自分自身もコーチングがあったから海外駐在できたし、コーチングがあったから企業できたし、コーチングがあったから国際資格取れたし、みたいなところがあるので。
自分の人生には今やね、なくてはならないものなんだけれども。
そうですね。ざっくり言うと自分の人生を豊かにしてくれてますよね。
だし自分はずっとなんやかんや学び続けているので、そういうこととコーチングっていうのは相性が良くて。
自分の人生のスタイルにも合うし、それでコーチングをつけることで加速するし、人生が。
よく言われてることですけど、コーチングを深めていくためには3つやりなさいと。
コーチングを勉強する、コーチングをつける、コーチングをする、その3つをずっとやりなさいっていうのは言われてるんで。
私は今もマイコーチつけてますし、なんやかんや勉強してるし、コーチング自体は年間500時間くらいかな、やっているということを続けているので。
今1500時間くらいなんですけど、今47歳で50歳になるまでにはもう一個上のMCCっていうのがあってですね。
マスターサーチファイトコーチング、それを取りたいっていうのが目標にしておりますので。
そこは自分にとっては特別なものというよりか、生活の一部なんじゃないでしょうか。
ライフスタイルみたいな。