いやー、とにかく宮永さんのすごさは分かりましたね。
前編だけでも、すごいお腹いっぱいになるぐらい、お話が盛りだくさんで。
いやー、ほんとですね。今回は後編。後編はですね、いよいよ佐賀に来てから、佐賀バルナードのヘッドコーチ兼ゼネラルマネージャーになってからのチーム作りの話。
またそのチーム作りの裏側にある考えや哲学などを深掘りしていければと思います。
で、その後にはやっぱりバルタンのマイクというところで、このプロスポーツの舞台裏、プロスポーツで働くみたいな観点で、宮永さんに特に選手のセカンドキャリア的な話を聞いていきたいと思います。
改めてよろしくお願いします。
早速なんですけれど、ヘッドコーチの話をする時に、どんなチームにするみたいな話をしたんですか?
千葉ジェッツ時代に島田さんのスタイルを勉強させていただいていたので、現場だけじゃなくてフロントと一体となってやるというのが大事だなというのはずっと感じていたので、そこのところですね。
特にあんまり歴史のない佐賀をね、当時はチームだったので、歴史をしっかり作っていきましょうというところで話したような気がしますね。
ヘッドコーチ時代の千葉を盛り上げるみたいな感じで、佐賀を盛り上げるというところで。
そうですね、うちの代表も本当に言ってる話ですもんね。
佐賀を盛り上げたいというところが一番強いですからね。
そこで同じ目線なのは結構大きいですね。
当時はB2のバルナイズで、最初冒頭話した2年以内に岩に上がらなきゃいけないというところになって、実際取り組んでみてその辺の話ってあったでしょうか?
当時就任が決まったのが5月末とか6月頭ぐらいだったんですよ。
大半の当時、僕が入る前のスターティングメンバー、主力選手たちは抜けていったんですよね。
なので僕が就任した当時にはもう入抜きの選手たちしかいなかったんですよ。
GMも兼任させてもらったので、どうしようというところから始まって、市場もほぼほぼ終わってるんですよ。
なるほど、移籍市場も当時で。
終わってるんで、一緒にプレーしていた選手たちに話をして、パップさんが来てくれたりとか、西川が途中から来てくれたりとかっていうところからスタートして。
本当に地道にGM活動というか、選手のリクルーティング活動から始まって。
なんとかくらついていって1年目は、最後香川とのプレーオフで、僕チャンスあるかなと思ったんですよね。
1年でいけるんじゃないかなというところまで行ったんですけど、そうもうまくいかず。
1年目でいい経験できたので、2年目の勝負の年というところで優勝経験しているチェイス、三原、山下、彼らが来てくれて。
この辺は非常に大きかったですよね。澄田、大輝が覚醒して。
優勝経験しているというのはメンタリティ的に違ったりするんですかね?
全然違いますね。練習の取り組み方とか、持っていき方とか。
コート上のプレーだけじゃなくて、そういうチーム作りのところから影響力がある?
かなりありますね。空気感で連動しちゃうので、何人か悪い空気感を出していたら、そういうのが蔓延しちゃうんですよね。
ただ、うちの選手たちは本当にそういう経験している選手から、地域リーグから意外経験してきた、井上、中西、達雄もそうですし、そういった選手たちが成長してくれましたね。
そこが上手く噛み合うじゃないですけど、相乗効果になってきたということですね。
宮永さんが大事にしているチームビルディングというか、いろんな選手の個性とかバックボーンがあるじゃないですか。
どうやって一つにまとめる、大事にしているポイントとかあったりされますか?
もともと大きいビジョンは、代表が指名してくれているので、佐賀のためにというのがまず第一で。
なぜ佐賀でプレーするかというのをみんなに理解してほしいというところが始まったんですよね。
俺は本当はトヨタに行きたかったけど、行くところがなくてここでやっているんだという思いなのか、佐賀からオファーをいただいたからここでやるんだという、そこの考え方は全然違うと思うんですよ。
なので、佐賀でやる意味というのをまず理解してもらうというのと、あとこれですね、これ。
フロイド。
フロイド。
フロイド。
その連動性をもってやりましょうと。いい時も悪い時もそうですし、選手だけじゃなくてスタッフもフロントも一丸とならないと絶対に昇格できないと思ったので、
佐賀のために一体化をもってやろうというところでずっとこれは言い続けてきましたね。
結果責任を取るのは僕なのに何中途半端なことをやってるんだろうってちょっと思ったんですよ。
なので佐賀にお世話になるって決まったときに何かこう一つチームとして大事にしていることを作ろうというところで連動性という、英語に直訳してフロイドっていう言葉を掲げて
自分たちはバスケットでもそうじゃないポイントでも一緒になって連動してやっていこうというところで作ったんですよ。
めちゃくちゃいいですね。それが宮永いろというか。
哲学が現れているのがフロイドっていう部分。
佐賀に来てからずっと大事にしてますね。
フロイド、連動性にたどり着くまでの宮永さんの考え方とか何でその連動性っていう言葉が出てきたんですか。
やっぱりその前の年のこの一体感の薄さっていうのがちょっともやもやしたので
特にそのバルナーズってまだその当時はできて3年とかぐらいのチームだったので
本当に一体感、現場だけじゃなくてフロントもそして佐賀県全体で一体になってやらないと到底そのアリーナでB1を決めるなんていうのは無理だなと思ってたので
大事にしてましたね。
僕はすごく感じてますよ。
僕も感じますよ。
それはありがたいですね。
そういうことだったんだね。
これはやっぱり宮永さんが発してくれてるメッセージがすごい大きい感じがしますよね。
フロントもTシャツ着てやってるっていうのも宮永さんがやりたいことがフロント側も多分浸透してる。
そのフロイドのシャツを後ろに着て。
あれも先週に浸透させる一歩として練習スタートの時にうちのテーマはこれだよって渡して
自然と、まあその時は笑ってましたけど自然とみんな着るんですよ意外と。
そこでちょっとフロントの皆さんにもその翌年かな。
配らせてもらって。
フロントも着てますからね。
何人か着てくれるんですよ。
それは嬉しいですよね。
パジャマでもるんですよ。
こんな言葉あるなみたいな。
それこそチームとフロントはもちろんそうですけどなんかファンの目線もすごく一体になってきてるなとも感じるので
これをサガのマテで本当にフロイドが作れたらどうですかチリチリさん。
めちゃめちゃ面白いですね。
フロイドを僕らももっと高めてやっていきたいですね。
そうですね。
掲げていきましょうか。
掲げましょう。
サガ最高っすよ。
サガ最高っす。
確かに。
サガ最高っす。
フロイドを一緒にしたTシャツ。
今の土台になってるかなと思います。
それってでもみんなそうしたいけどうまくいかないとか
同じベクトル向けない人向けない時とかあるじゃないですか。
どうやってその修正というか向かっていく体制というか。
選手が本当にそうやって言ったらじゃあやるのかって。
やらないですよね。
あれとかフラフラしてるかよくわからない時ありますからね。
その辺で宮永さんなりに工夫されてるところとかあるんですか。
何だろうな。
特別動向っていうのはないですけど
次々目標をちゃんと見直すというか
目標に対して今どこにいるんだっけって
ちょっとそれてないとか
そういう確認作業かなと思うんですけどね。
言い続けてヘッドコーチである宮永さん自身が
ブレずにいれば選手も明確にわかるっていうのはあるんでしょうね。
おそらくそうかなと思うんですよね。
言い続けてたら選手たちも
これ俺らの目標だったなってなるんですよ。
僕が決めたことだったとしても
俺らの目標みたいな形になるんで
決めたことに対してやってないちょっとずれてない
やろうって決めたんだからやろうよで
突き通すっていう。
いやーいいっすね。
毎回聞き直しましょうか。
その結果目線一緒になって一丸となれて
B1昇格をプレオフも勝ち上がって果たすと
ちゃんとアリーナの開幕年度に合わせて
B1に戻ってすごいっすよね。
いやーこの時は田畑代表も話してたんですけど
ちょっと怖かったっすね。
想像通り行っちゃったんですよ。
想像通り日立1位になって
想像通りプレオフ勝ち上がって
優勝しちゃった。
なんかしちゃったっていう感じですね。
なんか気持ち悪いなっていうのはずっと言ってましたね。
確かにそういうの上手くいってるときありますよね。
なんかそのB2からB1に上がる時に
宮永さんの方でも取り組みされてたって
伺ってたんですけど。
裏工作ですか?アリーナの?
アリーナ本当は使えなかったっていう。
プレオフの一回戦から使えなくて
知事に直下談判しに行って
そんなことやってたから絶対勝たなきゃいけないじゃないですか。
でもチャンスここしかないと思ったんで
上がるならお願いして。
そっか。そんな話もあったんですね。
僕はそこ聞いたつもりじゃなかったけど。
でもめでたくB1にアリーナのタイミングで上がれて
1年目だ。
周りからすると結構結果出てるって感じなんですけど。
B2で優勝してからまたリクルート。
当然シーズン中もリクルートしてたんですけど。
優勝してどういう選手が集まってくれるかっていうのが
まず見えなかったので
B1初年度は耐えるしかないなと。
耐えて成長するしかないなっていう感覚だったので
大半の主力を残ってもらって
勝負したんですよね。
そのシーズン前の想像は
残留はマストで
なんとか食らいついていきたいっていうところだったんですけど
9月かな、ジョンシュ・ハレルソンが
日本人になることができて
これも言える範囲ありますけど、賭けだったんですよね。
彼が本当に勉強して
どのタイミングで申請が通るか分からなかったですし
年明けかもしれないし、1年経っても
なれない可能性ももちろんあったので
そうしたらうまく9月に申請が通って
開幕からフルメンバーでできることが
決まったと。
この時は手応え感じましたね。
チームとしてのラストピーストですね。
これはいけるなっていう感覚はありましたね。
チームの活躍のおかげもあって
見事5000人達成するような盛り上がりが作れて
本当にありがとうございます。
現場はもう勝つのみなんで。
こういうチーム側が佐賀のことを考えているとか
フロント側が考えているような目線を持ってやっているっていうのが
今聞けただけでもより力になる感じがしますね。
自分にも言い聞かせないと勘違いしちゃうので
なんで佐賀にいるかっていう。
佐賀でプレーさせてもらうかっていうのを常々考えないと
ここはやっぱり一番大事かなと毎年思いますね。
なるほど。
こういったキャリアを通じて、今宮永さん、宮永ヘッドコーチの
こういう考えでチームに取り組んでいるみたいなのがあったら
聞かせてもらえたりしますか?
経験してきて言えるのは人ですよね。
人の繋がりが僕はすごく助けられたので
これをどれだけ大事にできるかっていうところが
大事じゃないですかね。
そうですよね。
佐賀の人たちにも喜んでくれて。
佐藤さんみたいな人が。
困った時に助けてくれる人がいるっていうのはありがたいですね。
そうですね。
本当に人の繋がりが大きく今ムーブメントになっていると思うので
今年も楽しみにしています。
ちいちいさんどうですか?
めちゃくちゃ面白い話がいっぱいあったのと
個人的にはですね、さっき宮永さんからの話が
組織の話、フロントチームも