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あのー、ちょっと想像してみて欲しいんですが、 シカゴのハイウェイの空きに立って、えーと、テープレコーダーを回している男たちを。
いきなりかなりマニアックな光景から始まりましたね。
ははは、そうなんです。彼らの目的はただ一つでして、 マッスルカーの分厚いタイヤがアスファルトを激しく擦りながらカーブを曲がる瞬間の、 あのスキーローンを録音することなんですよ。
なるほど。わざわざ現地まで行って。
ええ、そして彼らはその録音した音とか、 現地の街の空気をそのまま日本に持ち帰って、
で、なんとコンピューターグラフィックスを一切使わずに、 鉛筆と絵の具だけで、その圧倒的な重量感を1秒間に24枚の絵として描き出したんです。
いやー、異常なまでの執念ですよね、それは。
ですよね。
効率化とかコスト削減が逆べれる現代のエンターテイメントの常識からすれば、 完全に狂気の差だと言ってもいいくらいです。
本当にそうだと思います。よし、今回はこの狂気を紐解いていきましょう。
はい、よろしくお願いします。
今回あなたにお届けする深掘りのテーマは、 アニメを普段見ないという人にこそ絶対に見てほしい、 90年代の傑作アクション、ガンスミスキャッツです。
これは日本における手描きアニメーションの歴史において、 単なる消費物ではなくて、映像芸術として保存されるべき得意点といえる作品ですね。
映像芸術、まさにその通りだと思います。
今回もたくさん資料を集めまして、学術的なアニメーション研究論文から、 海外掲示板レディットの熱狂的なファンスレッド、
あとはアニメ情報サイトのレビューとか、 前日談にあたるライディング・ビーンの考察記事なんかを読み込んできました。
かなり幅広いソースからアプローチしていますね。
はい。今回の私たちのミッションなんですが、 なぜ30年近く前の作品が今なお国境を越えて熱狂的に支持されているのか。
そして、アニメ初心者でも一瞬で魅了されてしまう本物思考の銃と車の描写の裏には、 一体どんな技術が隠されているのか、ここを解き明かすことです。
この作品の背景にあるメカニズムを知れば、間違いなく画面の見え方が劇的に変わるはずです。
そうですね。もし今これを聞いているあなたが、 リーサルウェポンとかブルースブラザーズみたいなハリウッドのアクション映画が好きなら、 もう間違いなくドハマリする内容になっています。
間違いありませんね。
でもあの、早速根本的な疑問をぶつけてもいいですか?
はい、なんでしょう?
そこまで銃とか車のリアルさにこだわるなら、 わざわざシカゴまで行って音を撮るくらいならですよ?
いっそシカゴで実写のハリウッド映画を撮っちゃった方が早くないですか?
あー、なるほど。
その方が絶対に本物ですし、手で全部1万円1枚描くよりコストもかからないような気がするんですが。
まあ非常に鋭い指摘ですね。普通はそう考えると思います。
ですよね。なんでわざわざアニメにしたんだろうって。
しかしですね、実写映画には決定的な弱点というものがあるんですよ。
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弱点ですか?
ええ、それは現実の物理法則に縛られてしまうということです。
物理法則に縛られる。
カメラで現実を撮る以上、本物の車は本物の重さの通りにしか動かないですよね。
まあ当然ですよね。現実なんだから。
ですが、手描きのアニメーションというのはその物理法則を意図的に騙すことができるんです。
騙す?
現実よりも少しだけ誇張して描くことで、人間の脳にはむしろ実写映像よりもリアルに感じさせることができるんですよ。
はあ、実写よりリアルに感じるように?
はい。彼らはその魔法を使うために、あえて途方もない手間のかかる手描きを選んだわけです。
なるほど。現実を超えるためのアニメーションなんですね。
でも、そんなに時間と労力がかかる作品、一体誰がお金を出したんですか?
そこが重要なポイントです。
普通のテレビ局じゃ絶対にこんな採算の合わない企画通らないですよね。
その通りです。だからこそ、この作品はテレビ放送ではなくて、
1995年から96年にかけて、全3話のOVAとして製作されたんです。
出ました。OVA。オリジナルビデオアニメーションの略ですよね?
はい。この媒体の特殊性というものが、彼らの狂気を可能にしました。
あの、OVAって80年代から90年代にかけてよく聞く言葉なんですけど、具体的にテレビ放送と何が違ったんですか?
最大の違いは、圧倒的な制約の無さですね。
制約の無さ。
テレビ放送では、一応あたりの厳格な予算とかスケジュール、それにスポンサーの意向が絶対じゃないですか。
まあ、お茶の間にならすわけですからね。
そうです。しかしOVAというのは、ビデオテープを直接お店で買ってくれる、いわゆるコアなファンに向けて作られます。
なるほど。直接買ってくれる人だけを見ればいいと。
つまり、クリエイターたちは商業的な妥協を極限まで減らして、自分たちの作家性とか表現の限界を追求する実験場としてこのシステムを利用できたんです。
ああ、なんとなくわかってきました。今でいうと、そうですね、YouTubeの初期の無法地帯みたいな感じというか。
ええ。
パトレオンとかキックスターターみたいに、熱狂的なファンから直接資金を集めて、巨大企業の顔色をうかがわずに好きなものを全力で作るクリエイターみたいな感覚ですかね。
まさにその構造に近いですね。当時この作品を手掛けたOLMというスタジオには、テレビシリーズでは到底維持できないようなクオリティの作画を、全編で展開できる卓越さ職人たちが集結していたんです。
職人集団だったんですね。
はい。彼らがその情熱のすべてを注ぎ込んだのが、主人公たちが扱う銃器と車両なんです。
わかりました。じゃあ、ここで実際のメカニックの話に入っていきましょう。
はい。
この作品、銃と車へのこだわりがちょっと低いレベルなんですよね。例えば、主人公ラリーのI銃、CZ-75。
はい。チェコスロバキア製の非常に有名な拳銃ですね。
このCZ-75を撃つシーンなんですけど、ただパンって火花が散るだけじゃないんですよね。私、銃には全然詳しくないんですが、早々読んで本当に驚きました。
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どのような点に驚かれましたか?
トリガーを引いた後、銃の上半分のスライドっていう部分が後ろにガチャンと下がって、空になった脚用が弾け出されるじゃないですか。
廃墟のプロセスですね。
はい。さらにそこから、弾を発射した反動、つまりリコイルによって、銃口を持っているラリーの腕の筋肉がどう動くか、そして手がどれくらいぶれてどう元の位置に戻るのか。
はい。
これを全部、秒単位で計算して手で書いているそうですね。
そうなんですよ。しかも、彼らは資料の写真をただトレースしたわけではないんです。
トレースじゃないんですか?
実際にシカゴへ行って、射撃場で本物の銃を撃ち込んで、その反動を自分たちの体で記憶してきたんです。
わあ、体で記憶、すごいなあ。
車についても同様です。ラリーの愛車である1967年型シェルビーコブラGT500の描写には、レディットの海外コミュニティでも驚愕の声が上がっています。
そのレディットのスレッドを読みました。ファンたちは何にそんなに驚いているんですか?
ロケーションの異様なほどの正確さです。
ロケーションの正確さですか?
ええ。あるシカゴの地元民のユーザーが書き込んでいたんですが、アニメのカーチェイスなんてどうせ適当な背景だろうと思っていたら、
シェーブの郊外からダウンタウンのレイクショアドライブまで、彼らが走った実際のルートを現実の地図上で完全に追跡できるそうなんです。
え?地図で追跡できるレベルで背景を描き込んでるんですか?
そうなんです。彼らは単に車の形を描いたのではなく、街並みという空間そのものをシカゴから持ち帰ったと言えますね。
そこまでやってるんですね。ただ、今これを聞いているあなたが、自分は車にも銃にも全く詳しくないし、
マスタングとかBMWの2002とか言われてもピンとこないから、この作品を楽しめないかもって思っているなら、安心してください。
専門知識がないと楽しめないのではないか、という懸念ですね。
ええ。私も最初はそう思ってましたから。でもこれ、一流の時計職人が、ものすごく複雑な機械式時計を顕微鏡越しに組み立てている作業を見るのと一緒なんですよ。
時計職人ですか?なるほど。
私たちに歯車の知識が全くなくても、ピンセットの繊細な動きとかカチッと部品がはまる音を聞いているだけで、そのすがまじい熱量とか心地よさが直感的に伝わってくるじゃないですか。
確かにそうですね。
圧倒的な情熱って知識の壁を越えるんですよ。だから絶対楽しめます。
素晴らしい例えだと思います。そしてもう一つ重要なポイントがありまして。
はい、何でしょう。
この作品には魔法や超能力のようなご都合主義な展開が一切ないんです。
ビームが出たり空を飛んだりしないと。
敵と味方が同じ現実の物理法則の中で同レベルの限られた弾薬で戦うわけです。
フェアな条件なんですね。
だからこそどうやって相手の裏を描くかという計算された戦術が生まれる。
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この地に足のついたヒリヒリするような緊張感こそが、現代のアニメではなかなか味わえない渋いかっこよさの厳選なんです。
なるほど。魔法が使えないからこそ現実の知恵と物理法則で戦うしかない。だから見ている私たちも手に汗握るわけですね。
まさにその通りです。
じゃあ、いざこの作品を見るとき、初心者は具体的にどういうところに注目すればその凄さを一番味わえるんでしょうか。
はい。ここで先ほど少し話に出たアニメーションが物理法則を騙す魔法の具体的なメカニズムを解説しましょう。
お願いします。
本作の画面設計に深く関わっていた演出家で、後に著名な監督となる村田和也氏のレイアウトの美学が鍵になります。
レイアウトの美学。
通常、リアルに描こうとすればするほど、物理的に正確な遠近法、つまりパースに固執してしまうんです。
カメラで撮った写真みたいに正確な縮尺で描くってことですよね。
そうです。しかし村田氏は、それに愚直に従いすぎると、かえって画面が苦毒なってしまい、アニメーションとしてのダイナミズムが死んでしまうと指摘しています。
リアルすぎると逆に迫力がなくなるんですね。
ええ。そこで彼らが意図的に取り入れたのが、心地よい嘘パースと呼ばれる手法です。
心地よい嘘パース。どういう仕組みなんですか、それ。
例えば、重い車が急カーブを曲がる瞬間を想像してください。
はい。ギュルルって曲がる瞬間ですね。
これを正確な縮尺で描くと、ただ車が横に移動しているだけで、なんだかスピード感が足りなく見えてしまうんです。
ああ、なるほど。
そこで彼らは、車が曲がる瞬間の数コマだけ、ボンネットの先端をカメラに向かって20%ほど異常に長く引き伸ばして描いたり、車体そのものを極端に歪ませたりするんです。
えーっと、わざと形を崩して描くんですか。
そうです。人間の脳は、その気化学的な歪みの一瞬を強烈な遠心力や凄まじいスピードとして錯覚して受け取るんですよ。
錯覚を利用してるんですね。
はい。現代の3DCGのデジタルモデルは正確な形を保つのは得意ですが、こうした意図的に嘘をついて脳を騙すという職人技は、手描きだからこそ生み出せる重量感と摩擦力の表現なんです。
すごい。だから、初めて見るあなたにはまずここに注目してほしいんですよ。シェルビー・コブラが急カーブを曲がってお尻が横に滑り出す瞬間。
えー、ドリフトの瞬間ですね。
その時、ただ横にスライドするんじゃなくて、遠心力で重たい鉄の塊が傾いてサスペンションがぐっと深く沈み込む描写があるんです。
あの沈み込みは本当に見事です。
その沈み込みを表現するために、彼らがどれだけ形を歪ませてタイヤが悲鳴を上げる重さを演出しているか、その数秒に注目するだけで手描きの凄ましさが一瞬でわかりますよ。
物理法則を知り尽くしているからこそつける極上の嘘と言えますね。
いやー、知れば知るほど面白いですね。そして、この作品が時代を超えて愛されているのには、実はもう一つ面白いアプローチが隠されているんですよね。
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はい。
情報源によると、1989年のライディング・ビーンという別のOVA作品と世界観が繋がっているとか。
そうなんです。原作者の園田健一氏による初期のトランスメディア的なアプローチ、あるいはシェアドユニバース的な試みと言えますね。
なるほど。
ライディング・ビーンの主人公ビーンとラリーは同じ世界に存在しているんです。
ちょっと待ってください。トランスメディア的なアプローチってなんだかキー王の企画書に出てきそうな小難しい言葉ですね。具体的にどういうことですか?
失礼しました。簡単に言うと、過去の設定を絶対視しないで、その時の作品に最も合う形へ柔軟にキャラクターを変えてしまうということです。
キャラクターを変えちゃうんですか?
実はライディング・ビーンの段階では、ラリーは金髪でインディオ系のハーフという設定だったんですよ。
え?金髪だったんですか?
はい。しかしガンスミスキャッツの主人公として彼女を描く際に、園田氏は彼女を黒髪で東洋的な顔立ちへとリデザインしたんです。
え?それって今のアメコミとか映画のファンダムだったら、前作と設定が矛盾してるじゃないかって大炎上しそうな案件じゃないですか?
現代ならそうかもしれませんね。設定の整合性は非常に厳しく見られますから。
ですよね。
しかし園田氏は過去の整合性を守ることよりも、この新しい物語の中で、彼女がどうすれば一番魅力的にそしてカッコよく見えるかということを最優先したんです。
はあ、なるほど。
結果として、この柔軟な決断がキャラクターをよりアイコニックな存在へと押し上げました。
キャラクターの魅力を最大化するためなら、過去の自分さえも裏切る。潔いですね。
ええ。
そのクリエイターの愛と情熱はファンの間でもずっと燃え続けていて、2018年にはアニメイゴという会社がキックスターターでブルーレイ化のクラウドファンディングを実施したんですよね。
はい。大きな話題になりました。
そしたら、約30年前の作品にもかかわらず、世界中のファンから熱烈な支援が集まって大成功したと。すごいことですよね。
ええ。それだけ海外のコミュニティでも、歴史的に保存されるべきアーカイブとして認知されている証拠だと思います。
うんうん。
ただ、当時の時代性を語る上で客観的な事実として触れておくべき点もいくつかあります。
と言いますと?
90年代のOVは、先ほど申し上げた通り、スポンサーの制約がない実験場でした。
はい。無法地帯だったんですよね。
そのため、現代の厳格なコンプライアンス基準から見れば、未成年の少女が爆弾を扱ったり、あるいは過度なお色気シーンが含まれていたりと、議論を呼ぶ可能性のある描写が存在するんです。
ああ、なるほど。確かに、今のテレビじゃ絶対流せないような表現ですね。
そうです。ですが、私たちはこれを、現代の価値観で裁くのではなく、テレビという枠組みから解放された当時のクリエイターたちが、
いかい自由に、ある意味でのほおずに、表現の限界を模索していたかを示す、歴史的な事実として捉えるべきでしょう。
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なるほど。よくも悪くも、90年代という時代の空気が、そのまま真空パックされているわけですね。
まさにタイムカプセルのような作品です。
さて、いろいろと深く掘り下げてきましたが、つまりこれらは何を意味するのか。これからガンスミスキャッツを初めて見るあなたに、最高の楽しみ方を提案させてください。
おっ、どんなスタイルでしょうか。
もう難しい設定とか、アニメの歴史は一旦全部忘れてください。
忘れていいんですか?
はい。ポップコーンを用意して、飲み物を片手に、90分の曲上のハリウッド映画を見るつもりで、ただひたすら画面からあふれ出るエネルギーを楽しんでほしいんです。
いいですね。
ハリガンの極強がチャリンと落ちる音とか、V8エンジンのうなり声、そして最高に活かしたキャラクターたちの掛け合い。
CGが一切ない時代に、セル画と絵の具だけでハリウッドアクションを完全再現しようとした、当時の日本のアニメーターたちの異常な情熱を全身で浴びてください。
デジタル前世の今となっては、もう二度と同じ手法では作ることができない純粋な情熱の結晶ですからね。理屈ではなく、映像体験として楽しむのが大正解かもしれません。
本当にそうです。今見ても全く色褪せないどころか、むしろCGの滑らかな動きに慣れ切った私たちの目にこそ、あの心地よい嘘パースが新鮮な衝撃を与えてくれるはずです。
そうですね。では最後に、今回の深掘りを通じてリスナーのあなたに一つ考えてみてほしいことがあります。
お、何でしょう。
90年代、クリエイターたちはOVAというニッチなシステムを利用して、テレビ局や巨大資本の制約を逃れ、自分たちの情熱をダイレクトにファンへ届けました。
そして時は流れ、2018年、彼らは今度はクラウドファンディングを通じて、再び現代の商業主義をバイパスし、ファンと直接結びついて作品を再よみがらせました。
確かに構造が全く同じですね、それ。
ええ、これは果たして単なる昔を懐かしむノスタルジーの産物なのでしょうか。
それとも、AIによる大量生産やリスクを嫌う巨大資本が主導する現代のエンターテイメントに対する強烈なカウンターカルチャーの始まりを意味しているのでしょうか。
情熱を持った個人のクリエイターとそれを支えるファンという最も原始的で強力な結びつき、そのエネルギーの行方推についてあなたはどう思いますか。
うわー、それは痺れる問いですね。アニメーションが本来持っていた魔法って、空を飛ぶことじゃなくて、作り手の狂気的な情熱がそのまま画面からあふれ出てかる、あのエネルギーそのもののことだったのかもしれません。
ええ、本当にそうですね。
次にあなたが何かのアニメを見るとき、それがどれだけ計算された極上の無双をついているか、ぜひサスペンションの沈み込みを探してみてください。
きっと全く新しい世界が開けるはずですよ。
ありがとうございました。
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それじゃあまた次回の深掘りでお会いしましょう。