でも、いくら砂場が自由だからって、各メディア間の時系列はどうなってるんですか?
あー、時系列ですね。
はい。
資料を読むと、アニメ版ってゲーム版の半年前を描いた前日短という設定ですよね。
そうですね。公式にはそうなっています。
なのに、ゲーム本編で初めて出会うはずのキャラクター同士が、アニメではすでに親友みたいになってて、ドタバタ劇を繰り広げてるじゃないですか。
ええ、バッチリ仲良しですね。
しかも、半年後まで開発されないはずの最新鋭の紋章機に、アニメの最初から当たり前のように載ってたりするんですよね。
これって単なる制作側の連携ミスというか、設定の見切り発車なんじゃないですか。
まあ、普通ならそう訴え合いますよね。
真面目な歴史ドキュメンタリーの前日短と思ってみたら、突然着ぐるみ着てコント番組やってるようなものですから。
そうそう、そんな感じです。
でも制作側のインタビューなんかを紐解いていくと、これ驚くべき意図が見えてくるんですよ。
単なるミスじゃなくて、意図的な絶対的自由の付与だったんです。
意図的な絶対的自由?わざと矛盾させたってことですか?
はい。通常メディアミックスを展開する時って、原作となる絶対的なタイムラインや世界観があって、他のメディアはそれに従いますよね。
まあ、整合性を取りますよね、普通は。
でも、GAのプロジェクトチームは違ったんです。
各メディアの監督や作家さんに、エンジェルタイトルロストテクノロジーっていう素材だけ渡して、
あとはあなたの得意なジャンルで一番面白いものを作ってくださいって、全権を輸入したんですよ。
つまり、時系列の整合性よりもその媒体ごとの面白さを最優先したってことですか?
そういうことです。で、その結果どうなったか。
ゲーム版はエオニアのクーデターとか謎の敵バルファスクとの戦いを描く、すごく重要でシリアスなSF戦記になったんです。
ヒロインたちとの感動的な恋愛ドラマもある、聖典と呼べるような素晴らしい作品になりました。
一方のアニメ版は、もう設定の連続性とか縛りを一切無視したんですね。
その結果、15分1話完結で、アニメ史に残る空前説の不条理ギャグ作品として、
第1期から第4期、さらに2のルーンまで大成功を収めたんです。
いやー、振り切ってますね。
さらに、コミックや小説版もあるんですが、
カナン氏が執筆したコミック版は、キャラクターの内面とか感情を深掘りするすごく序章的な物語になってますし、
小説版はハードSF的なアプローチになっていたりするんです。
なるほど。整合性を捨てるっていう代償を払って、それぞれのメディアを独立した最高傑作にまで引き上げたわけですね。
そういうことです。
でも、これを聞いているあなたも多分こう思ってるはずなんですよ。
いくらそれぞれの出来が良くて面白くても、メディアごとに世界線もジャンルもリセットされちゃったら、ファンは混乱して離れちゃうんじゃないのって。
確かに、そこが普通ならネックになりますよね。
なんでファンはついてきたんですか?
そこがこの作品の本当に面白いところでして、世界観とか設定がどれだけ毎回リセットされても絶対に揺るがないものがあったんですよ。
それが強烈なキャラクターのアーキタイプ、つまり原型なんです。
キャラクターの原型ですか?
ええ、このチャラクターの魅力こそが熱狂的なファンを生んで矛盾だらけの世界観をまとめ上げる接着剤になっていたんです。
へえ、具体的にはどんなキャラクターなんですか?
例えば、ムーンエンジェル隊の主人公ミルフィーユ・サクラバですね。
彼女は蝶がつくほどの天然ボケなんですけど、宇宙の法則をねじ曲げるレベルの凄まじい強運あるは強運の持ち主なんです。
強運、悪い子の運ですね。
ええ、彼女の運の良し悪しだけでも物語が一つ動いちゃうレベルなんですよ。
なるほど。
他にも獣鬼マニアで最年長のリーダー格であるホルテ、それから格闘技の達人でお金持ちを探しているランカ、着ぐるみが大好きでちょっとフラグロイミント、あとは無口なバニラですね。
個性が強いですね。
特にバニラはノーマッドっていう元ミサイルのAIが宿った謎のぬいぐるみを常に抱えてるんですけど。
ミサイルのAIがぬいぐるみに?
そうなんです。この独切なノーマッドとの掛け合いがまた絶妙でして、途中で加入する真面目なウラマラチトセなんかもいい味を出してます。
話を聞くだけでもかなり賑やかですね。
そして、世代が変わったギャラクシーエンジェル2のルーエンジェル隊も強烈なんですよ。
あ、新しい世代の話ですね。
ええ、ミルフィーユの妹で極度の男性恐怖症のアプリコットとか、特筆すべきはですね、普段はおっとりしたカルアっていう女の子がいるんですけど。
カルアちゃん?
はい。彼女、アルコールを口にすると抗戦的なテキーラっていう別人格に入れ替わっちゃう魔女なんですよ。
お酒で人格が変わる魔女って設定だけでも、もうお腹いっぱいですよそれ。
声優の平野綾さんの演技も相まって、本当に強烈なんです。
他にも、アニメオリジナルのキャラクターとして彼女たちに振り回される中間管理職のウォルコット中佐とか。
中間管理職ですか?
はい。あとはライバルのツインスター隊ですね。ここもマリブ、それにメアリー少佐といった面々の存在感が見事なアンサンブルを作ってるんです。
ここからが本当に面白いところだなと思うんですけど、つまり彼女たちって劇団の役者みたいなものなんですよね。
劇団の役者ですか?
はい。悲劇の舞台、つまりゲーム版に立とうが、お笑いライブみたいなアニメ版に出演しようが、ミルフィーユのありえない運が騒動を起こすとか、カルワーがお酒を飲んでテキーラになって暴れるとか、そういうキャラらしさっていう真の部分が全くブレないわけですよね。
まさにその通りです。強く同意します。
だから設定が矛盾してても、ファンは安心して見ていられるってことですか?
設定が毎回リセットされても、魂のレベルでは一切ブレがないんです。だからファンは、今回はこういう舞台設定なんだな、じゃあこの状況で彼女たちはどう動くんだろうって純粋に楽しめる。
この揺るがないアークタイプ化こそが、GRの物語を成立させている最大の要因なんですよ。
なるほどな。設定のガバガバさをキャラクターの強度が力技でねじ伏せてるわけだ。
言い得て妙ですね。