停滞の地獄。なんか嫌な響きですね。
例えば、この世界では初期状態において、料理人が手作りした食事でもシステム上のアイテムとして処理されてしまうため、味のしない湿ったせんべいみたいな食感にしかならないんです。
うわ、それはきつい。死角とか嗅覚はリアルなのに、味覚だけがシステムに制限されているってことですか?
その通りです。美味しいご飯も食べられない、元の世界に帰れる保証もない、そして死んでもただ復活するだけ。この意味の喪失がプレイヤーから活力を奪ってしまいました。
なるほど。
その結果、強いプレイヤーが弱いプレイヤーからアイテムやお金を搾取する無法地帯を引き起こしたんです。
生きるか死ぬかではなくて、どう生きるかの指針が完全に失われた状態ですね。
それが社会学で言うレジリエンスサイクルの第一段階、理不尽な環境変化から第二段階のアノミーへの転落なんですね。
ゼルダの伝説みたいな冒険が始まると思ったら、急にシムシティとかマクロ境内のサバイバルが始まってしまったと。
まさにその例えがぴったりです。
これから見る方には、ぜひ第一シリーズから見ることを強くお勧めしたいですね。
この無法地帯からの社会形成が丁寧に描かれていますから、じゃあこの絶望的なインフレと治安の悪化を誰がどう解決するのか。
ここで主人公のシロエが登場するわけですね。
はい。でもこのシロエ、最強の剣士でも派手の魔法使いでもないんです。
彼の名職業は扶養術士、エンチャンターと呼ばれる、味方のステータスを上げたり敵を弱体化させたりする純粋な広報支援職なんですよ。
さらに面白いのが、彼のサブ職業が筆者士であることですよね。
剣を振るう代わりに、計画書とか魔法のスクリプトを書く能力を持っている。
腹黒眼鏡なんて呼ばれるほどの分析力を持った、いまはソーシャルデザイナーですよね。
ええ、まさに社会を設計する存在です。
でもここで一つ、リスナーの皆さんも疑問に思うはずのポイントに突っ込ませてください。
Redditでも議論になってましたけど、ファンタジーアニメの最初の大きなクライマックスが建物の買収劇なんですか?
そうなんです。秋葉の街のギルド会館を買い取るという展開ですね。
魔法陣を描く代わりに資金を集めて不動産を買うって、それ映像作品として本当にハラハラするんでしょうか?
まあ、一見すると地味に聞こえるかもしれないんですけど、ここには国城の地的なカタルシスが存在するんです。
なぜ彼がギルド会館を買ったのか、そのメカニズムを理解すると見方が180度変わるはずですよ。
ぜひ教えてください。不死身のならず者たちをどうやって不動産で大人しくさせたんですか?
MOMOゲームにおいて、ギルド会館というのは単なる集会所じゃないんです。
プレイヤーの資産を預かる銀行へのアクセス権とか、街の安全地帯を管理するシステムの中枢なんですよ。
ああ、なるほど。
シロエは筆者種の能力を応用してゲームのシステムそのものを発揮し、莫大な資金を投じてこの中枢施設を個人で買い取ってしまったんです。
国家間の真黒な政治が描かれる一方で、私がすごく惹かれたのは、ミクロな視点でのキャラクターたちの精神的な成長なんです。第2シリーズ以降、今度は個人のアイデンティティの問題が浮き彫りになってきますよね。
そうですね。第2シリーズではソウルフラクションという非常に残酷な真実が明らかになります。冒険者は死んでも神殿で復活できますが、その代償として現実世界の記憶を少しずつ失っていくんです。
肉体は不自由でも、銃刃が少しずつ削られていく恐怖。だからこそ彼らはこの世界での本当の自分を再構築する必要に迫られるわけですよね。
はい。心理学の概念に的認知、エンクローズドコグニションというものがあります。着ている服や与えられた役割がその人の心理状態に直接影響を与えるという現象です。
ああ、なるほど。アバターという新しい服を着ることで変わっていくと。
ええ。登場人物たちはゲームの役割、ロール通じて現実世界でのコンプレックスを克服していきます。
シロエは対人恐怖気味なゲーマーから社会を導く軍師に、小柄な容姿に悩んでいたアカツキは主君を守る暗殺者に。
受動的だった少女のミノリも自立した戦術指揮官へ成長しますよね。
それに、元NPCの第一人であるレイネシア姫も、責任を嫌う無気力な貴族から、自らの意思で民を導く真の指導者へ変わっていく。
これって、私たちが実生活で肩書きや役割を与えられたときに成長するプロセスと全く同じなんです。
本当ですね。インポスター症候群みたいに、自分には無理だと思っていても役割を演じているうちに本物の実力がついてくるみたいな。
そして、その集大成が第3シリーズのアキバレイドですよね。
はい。ここで登場するエレーヌスという天才、世界のバグのようなモンスターですねは、物理攻撃ではなく思い出や憧れを破壊する精神攻撃を仕掛けてきます。
アイデンティティの根幹を狙ってくるわけだ。
でもその絶望的な状況で立ち上がったのはミノリたち若手メンバーでした。
彼らは自分がどんな役割を通じてどう成長してきたのか、その成長の証を武器にしてシステムに立ち向かうんです。
役割を通じた成長がそのまま物理的な強さになる。厚い展開ですね。
ここまで振り返ると、このアニメがなぜ現代人に深く刺さるのか、その普遍的なメッセージが見えてきます。
レジリエンスサイクルでいうと、彼らは理不尽な環境変化によるアノミーを乗り越え、対話と知性によって新秩序を構築しました。
もしあなたが明日、突然会社のルールが根底から終わるような事態に直面したとしても、このアプローチがそのまま解決の青写真になるかもしれませんよね。
パニックにならず手元のスキルで経済を回し、ルールを再定義する。
暴力だけでこうあうのではなく、築き上げた社会の絆と知性で立ち向かう。絶望的な状況下でも人間の理性と連帯を信じるという、力強い人間さんがなんです。