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【生きてりゃ毎日コンテンツ】子育て奮闘ママの等身大ラジオ
どうも、あっこです。
今日はですね、実は通常放送400回目の記念の回となります。
私は毎回100回ずつですね、自己紹介をとっていたので、今回もね、ちょっと私のことについてお話をしたいなと思います。
ただね、自己紹介するのだと、今までと変わらないので、今日はですね、私の人生のターニングポイント3つを挙げながら、振り返りながらお話をしていきたいと思います。
結構ね、面白い感じになってるんじゃないかなって思いますので、ぜひ最後まで聞いていただけると嬉しいです。
このチャンネルは、来年の37歳の誕生日までに今の仕事を辞めて、自分らしい働き方を手に入れる、そんな決意をしたあっこが、音声配信でマインドが変わる、行動が変わる、人生が変わる家庭を配信しています。
私と一緒に毎日のモヤモヤをワクワクに変えていきませんか?
ちょっとでもいいなと思った方は、フォロー、いいね、コメントいただけると嬉しいです。
はい、ということで、まず最初に私のターニングポイント3つをね、先に発表しちゃいますね。
1つ目が、第1指の育休、2つ目が第2指の育休、そして3つ目が手術と入院です。
それぞれのターニングポイントでどんな変化があったのか、お話をしていきたいと思います。
私はですね、1人目の育休に入る前ですね、まず一番最初の時は音声配信は全く興味ないっていうか、その存在自体知らないっていう状態でした。
SNSも特に発信活動みたいなものもしてなくて、本当にね、自分の名前のアカウント持ってて、リアルなお友達とシェアするぐらいの使い方をしていました。
ずっとですね、社会人になってからずっと同じ組織に属していて、移動がねちょこちょこあるんですけど、
転職もしたことがなければ、特に何か資格を持っているわけでもなく、復業しているわけでもなく、本当に何にも人生経験がないっていうか、とにかく平穏な会社員をしておりました。
自分に何か人より引い出たものとかないし、自分はもうこの組織にずっとね、10年ぐらいまでしがみついて生きてやろうぐらいの感じで、本当に思考停止だったなって今思うんですけどね。
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本当にそんな感じで、ライスワークって割り切って、仕事にやりがいとか楽しさは特に感じないけど、別に大きな不満もないし、みたいな感じで過ごしていました。
一人目の育休に、結構ね、産後鬱っぽくなっちゃったんですよね。ちょうどね、コロナが流行りだした頃で、やっぱり外部との接触っていうのが本当に少なかったのもあるし、
やっぱりこんなに喋るのが好きな私が、全然人と会えない、喋れないってなって、本当に家の中に子どもと赤ちゃんと2人っていうのが本当に辛かったんですよね。
特にね、上の子は寝なかったんですよ。本当に寝ない子で、もう1時間とか1時間半かけて頑張って寝かしつけても30分で起きちゃうとか、夜中も何回も起きて夜泣きも酷かったし、
周りのママといろいろ話してみても、こんなに寝ない子はいないなっていうふうに思って、それでまた凹むみたいな、何が悪いんだろうみたいな感じで、結構自分責めしちゃったりとか、
とにかくね、精神衛生がずっと悪い状態が続いてて、脳内で子どもを虐待何度もしちゃったりとか、自分自身ももう消えてなくなりたいみたいになったりとか、結構ね、本当にメンタルが落ち込んでいました。
で、そんな中でね、私はインスタグラムでバブリーたまみさんっていうね、インフルエンサーさんに出会って、その方の発信をね、見ていたら、なんか本当にね、こう、さらけ出してるんですよね、すべてを。
その方もママさんなんですけど、なんかもうしんどいつらいっていうのもそのまま出すし、散らかった部屋もそのまま出すし、ご飯なんて作んなくていいんだよって生きてればいいんだよみたいな感じで、
なんかすごく勇気をもらえたし、あ、私だけじゃないんだなっていうふうにすごく安心したっていうのがすごく残っています。
今思うと、バブリーたまみさんの発信っていうのが結構私の原点になってるんじゃないかなっていうふうに思います。
で、そのバブリーたまみさんがボイシーを始めますっていうふうにね、お知らせをしてて、そこでね、あ、ボイシーってなんだろうっていうことで、音声配信に初めて私が出会うっていうことになりますね。
はい、これがね、その一人目の育休の結構後半の方だったと思います。
で、ボイシーいろいろ聞き始めていったら、いろんなコンテンツがあって、これはめちゃくちゃいいぞっていうふうにすぐにハマりました。
で、最初はね、子育て系が多かったんですけど、ちょっとね、だんだんお金回りのことも気になってきて、お金関係の、あの先日お話しした大口香織先生の話も聞いたりとか、
いろいろね、あの健康のこととかね、自分の興味に合うものをいろいろ聞いていって、もう本当にね、毎日ボイシー何かしら聞いてっていう感じで、生活の一部になっていきました。
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で、そこから仕事復帰をして、その時もね、仕事の行き来、行きと帰りの車の中でインプットするようにしたりして、なんかこうちょっとの隙間時間でも勉強ができてるっていうことにも結構満足感があったし、やっぱりどんどんマインドがね、変わっていく自分を感じて、
なんかちょっと自分、あの周りよりも一歩出てるなみたいな感じで自己肯定感も上がったりして、すごくね、良かったですね。そんな感じで一人目の育休の時はボイシーに出会うことで、インプットっていうのができるようになって、なんとなく自分のマインドが変わったり、生活の質がちょっと高まるような影響がありました。
はい、で二つ目、二人目の育休でスタイフに出会うっていうところなんですけれども、これはねきっかけがあって、先日お話しした大高知香織さんがよくね、これからは個人の発信力が大事になるよねとか、そのアウトプット前提のインプットが大事だよねとかっていう発信をずっと聞いてたので、発信をね、いつかやってみたいなっていう思いがあったんですけど、なかなかできずにいて、
で、2022年の末に、よし来年から発信始めようって決意をしたんですよね。
で、2023年の1月からXの方を始めて、2023年の5月ですね、二人目の育休の前ですね、3休が始まったところで、スタンドFMをエイヤーで始めたんですよね。
で、本当に最初は聞いてくれる人なんてそんなにいないし、とりあえず自分の記録がてらっていう感じで気楽に始めて、でもやってたらやっぱりちょっとずつね聞いてくれる方が増えたり、あとはその時期にボイシーの方の竹川さんのコミュニティにも入ったこともあって、結構横のつながりも一気にできて、
結構ポジブの影響はここがすごく大きかったんですけど、どんどん楽しくなっていったんですよね。
で、アウトプットの習慣もついてきて、なんか発信って楽しいんだなっていうのがすごいあって、で、だんだんねボイシー聞く時間が減って、スタイフの時間がたくさん伸びてっていう感じになってて、
本当になんだろうな、もう言ったらリアルの友達より仲いいんじゃないかみたいな人がたくさんできて、なんかサードプレイスですね。
リアルの世界では、なんかちょっと恥ずかしいかなとか、ちょっと意識高いと思われちゃうかなみたいなことも全然スタイフだったら言えるし、何を言ってもきっと受け入れてもらえるみたいな心理的安全性もあったりとかして、
なんかね、あと音声配信っていう発信方法が私にはカチッとハマって、もうね、あの、ノーライフ、ノースタイフ、ノーライフっていう感じになっていきました。
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だからここがね、本当に私の大きなターニングポイントの2つ目ですね。はい、スタイフを始めたことで、もうアウトプットの習慣がついて、で、サードプレイスができて、そしてだんだんこう自分の発信っていうものにウェイトがね、どんどん乗ってきたっていうところですね。
で、あの、いろんな方の放送を聞いたり、いろんな方と交流をしたり、あとはコラボライブでいろいろ直接お話を伺ったりする中で、なんか自分の中にね、芽生えた気持ちがありました。それが、なんか今のままの働き方、今のままの生き方でいいのかな私って、そういう疑問ですね。
これは全然本当に一人目の曲流の時は思いもやらなかったし、スタイフを始めるまでは、なんか人ごとっていうかね、フリーランスの働き方とかパラレルワーカーとかそういうのは全然自分には関係ないものって思っていたのが、なんかだんだん本当にそれでいいのかなっていうふうに思うようになってきました。
で、やっぱりスタイフをやっていくにつれて、なんか自分のワクワクとかドキドキとかときめきとかそういったものへの感度がどんどん高くなっていって、あれなんか私こんなことが本当はしてみたいんじゃないかとか考えるようになってきて、その分ね、もやもやすることも増えていきました。
で、3つ目のターニングポイントですね。
2023年の12月ですね、12月にちょっとね私がお腹を急に痛く激しい痛みに襲われちゃって救急車で運ばれるっていう事件があったんですけど、その後たくさん検査をしてMR取ったりペットCT取ったりいろいろして、お腹の中にですね、5センチ直径5センチぐらいの大きい脳法があるということが分かりました。
で、これが悪性とははっきり分からなかったんですけど、取った方がいいっていうことで手術をして2週間ぐらい入院をしたんですね。
で、その時にね、手術をした方がいいみたいな判断をされる前ぐらいから、私のこの健康に対する思いとか家族に対する思いとか、なんか当たり前に生きてると思ってるけど、いつどうなるかわかんないんだなとかっていうのに直面して、
なんか自分の人生こんなもんかで終わらせたくないなみたいな、いつか終わっちゃう人生だからやりたいことをやりきって死にたいとか、そういう思いが出てきたりとか、あとは実際そこで入院中にいろいろ自分の思いをジャーナリングしてみたりとかしていく中で、やっぱりこのままじゃ終わりたくないな。
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一度きりの人生をもうちょっと自分の心が動くことに使いたいっていうふうに思ったんですよね。
そして、あとはこれも大きかったなって思うんですけど、実はこの入院期間中に、私が今ファンビジネス講座を受けている井原詩佳林さんとすごく急に近づくことがあったりとか、あとは先日仙台オフ会でお会いしたボイシーパーソナリティの小玉さんと偶然というか、
私が連絡したんですけど、いろんな奇跡があって直接つながるみたいなこともこの入院中に起こったり。
そうだから、あと2月の15日に今度クラブイベントに出させてもらうんですけど、その主催である井原詩佳林さんともこの時にすごく距離が縮まってたりするんですよ。
だからなんかこの入院期間で人脈も増えたし、自分と向き合って内省もできたし、なんかやっぱりここで大きい、私の中の内側の変化があったなあっていうふうに思います。
そう考えるとね、あの入院期間はある意味良かったなと思って、その間ね、高橋さんがワンオペで頑張ってくれてたのはすごい本当にありがたかったなというふうに改めて思います。
はいそんな感じでね、人生のターニングポイント3つを経て、全然ね思考停止で保守的だと思ってた私がガラッとね、なんか思考が変わってちょっとやってみようみたいな、一回やってみようみたいな感じになってるんですよね。
すごい変化だと思いませんか。そうだからある意味本当に音声配信で人生を変えようとしているって思っています。
なのでこれからね、あの結局そうやって頑張ってもうまくいかないっていうこともあるかもしれないし、思ったようにねいかないとか、やっぱりちょっと収入的に厳しいから転職するとかね、パートでもいいからなんか働くとかね、どういう方向になるか全然自分でも想像つかないんですけど、
これからね、私のありとあらゆることはですね、引き続き垂れ流していこうと思いますので、あっこのねリアルドキュメンタリーをですね、見て応援していただけると嬉しいなというふうに思います。
はいということで今日はですね、自己紹介に変えまして、人生のターニングポイント3つであっこを振り返ってみました。いかがでしたでしょうか。
はいこれからねどうなるか、全然筋書きは経っていなくて、私も本当に未知数です。はいどんなふうになっているのか、1年後の私はどうなっているのか、はいあのちょっと怖いけどワクワクドキドキでもあります。
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はいぜひ見守っていただけると嬉しいです。
ということで今日はちょっと長くなってしまいました。最後まで聞いてくださった方いたら本当にありがとうございます。
今日も素敵な1日になります。1秒でも多く笑顔で過ごしていきましょう。じゃあまたねー。