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うがんばうがんばの卵、優です。
みらです。
今日は第13回ということで、長らくちょっと更新が遅れててすみませんでした。
これが10月10日以来?
そうだね。
随分だね。
今何日?
今日収録日が11月27日。
おー、だから。
わーすごい、給料日2回過ぎてる。
まあ1ヶ月半くらいか。
そうだね。
まあまあまあ、そんなもんじゃないですか。
理由としては、収録予定日に10月の私がコロナになって飛ばしました。
そうだそうだ、それがあったの。
ちょうど1ヶ月ちょっと前かな。
そうだねそうだね。
10月の中頃くらい。
で、その後に実は1回会ってるんだけど、いろいろ乗っ引きならない話があり。
乗っ引きならない話よ。
あって、ちょっと収録ができず、今日に至るというお話です。
会う頻度はいつもより多いくらいなんだけど。
そうか、そうだね。ちょっとだけ多いくらいかもね。
だったんですよね。
で、何から話しますっけ、結局。
そう、見切り発車だったんで久しぶりすぎて。
私が最近行った展示の話する?
そうだね、そうしようか。
それかあなたの森岡の話?
森岡の話?
思い出せない?
ちょっと時間ください。
じゃあ、私が最近行った展示の話するんですけど、
前回は確かみなさんが行った展示の話をしていたと思うんだけど、
今回私も何個か展示に行きまして、
3つくらいかな、都合3つくらい行ったんですけど、
1つは渋谷区の東京都渋谷公園ローリギャラリーっていうところで、
11月21日から12月24日までやっているリアストーリーズっていう、
アールブルット、多分障害を何かしら持っていらっしゃる方々の美術作品の展示に行きました。
すごいこれ良かったんです、ぜひ行っていただきたい。
渋谷のパルコとかの前の道にあるんで、
作品自体もすごく良かったし、展示がまたいい感じでしたね。
一人一人の作家についてちゃんと集中して見られるような形になっていたし、
このサッシもすごくいいし、特に良かったのはこの小さい方のサッシがあって、
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ここにマメガイドっていうのがあるんですけど、
アーティストの人がイラストで紹介されていて、
結構親しみを持っている感じに描かれていて、
障害がある方々とかだとギョッとしちゃうような方もいるのかもしれないんですけど、
イラストで描かれることによって、
自分たちの延長線上として捉えられるような工夫がされていていいなと思って、
かなり排除されたりし、考え込まれている展示だなと思いました。
結構作家さんはこの6人の方。
7人かな。
限られた、一人一人一つ一つが向き合えるようなというか。
多すぎず少なすぎずって感じで良かったです。
一人の作家さんの作品も2,30枚小さい作品いっぱいある人もいれば、
大きい作品がボンボンってある人もいたりとかしたんだけど、
どの方も良かったですね。
アールブルート、上回転。
アールブルートという言葉は聞いたことあります?
いや、ないです。
ないですか。
そういう言葉があって、
ここに説明してないかな。
説明してない。
そうですね。
アールブルートってジャンル分けするのもどうなのかって話とかも結構あるんですけど、
結構日本だと障害者施設に通っている方とか、
福祉施設に通っている方がその中の時間でアート作品とか作ったりとか、
あとは精神病院にいらっしゃる方とかもいたりとか、
あとは普通に生活しているんだけど、
ちょっと芸術教育を受けたわけではないけど、
いろんな作品を作っているみたいな文脈でやっていらっしゃるということの作品を指すのかなって私は理解しておりますけど、
正しい辞書的な説明は皆さん調べていただきたいんですけど。
ここに書いてあった。
アールブルートとはもともとフランスの芸術家ジャン・デュビュフェによって提唱された言葉です。
今日では広く専門的な美術の教育を受けていない人などによる独自の発想や表現方法が注目されるアートを示します。
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って書いてあります。
障がいがある方とか問わず、専門的な美術の教育を受けていない人による表現ということみたいですね。
おすすめです。12月24日までやっています。
渋谷のすごい行きやすい場所になります。
僕が勤めている会社にも、大企業だと障がい者雇用みたいなのがあるでしょ。
ジムとかさ、いろんなお手伝いとかする場合もあると思うんだけど、
僕のいる会社はこういう障がいのある方をアーティストとして雇用しているのかな。
社内にある絵とか、社員が絵をお願いすることができるんだった気がする。
記念日用みたいな感じで、いつでも対価なしでというわけではないんだけど、そういうことができるんだって聞いた気がする。
面白い雇用の仕方をしているね。
もちろん普通に定堂とかにもやるけど、
普通に車いすに乗っているけどみたいな人もいるもんね。
人とコミュニケーションはちょっとだけど、黙々と作業をしますとかいう人もいるでしょう。
一時期そういう人とね、アーティストの人じゃなくて、障がい者雇用で入ってもらえると、
精神疾患がある方と一緒のプロジェクトにいたこともあったんだけど。
なかなか先進的な会社ですね。
たださっき、まだそこに対して、障がいがある方のアーティストとしての雇用っていうのがやっぱり馴染みがないからさ、
僕は一社員としてまだどうしていいかわかんないなみたいな風に思う時もある。
そう頼めるって言われてもどうすればいいんだろうっていうところとか、
社内の絵とかさ、サッシに表紙のデザインとかをやったとしてるんだと思うんだけど、
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なんかそれ、まだね、僕が追いついてないなって思うことがある。
なんか最近こういう障がいを守っている方のアートの話とか見てて思うなって思うかな。
なんかテレビ番組でもやってる、キキキリさんの娘さんがラビゲーターしてるやつ。
知らない私。
ノーライフ、ノーアートだったかっていうちっちゃい番組があるの。
それ結構たまに好きで見るんだけど。
Rブルットの作家の人たち。
ただそうそう、もちろんこういう方、今ゆうくんが教えてくれた斜めの方みたいにこう、
なんでしょうね、一つブースというか自分で設けられるほどの活動じゃないけど、
多分施設にいらっしゃって何かを作ってる。
でもなんか面白いのが、ずっと玉結びしてる人とか出てくるの。
でその人は多分アート、周りがアートだと紹介してるんだよ、その番組とかで。
でも多分、なんだろうな、こう、彼はアートじゃないんだと思うんだよね。
この中にもそういう人いたよ。
本当?
確かこの山崎健一さんだと思う、この人。
この人の絵はずっと入院中の病室で、本願寺にコンパスとか定規で、
本当仕事をするみたいな感じでずっと描き続けてる図面というか絵があって、
それも多分本人はアートだと思って描いてたかどうかちょっとわかんないよね。
でもその、やっぱね、僕は映像で見ただけだけどさ、その玉結びみたいな形、
玉結びってとにかく紐をずっと結んでるんだよね。
で塊になってるんだけど、なんかでもすごいんだよやっぱりそれは。
びっくりする。なんだろうな、すごいなってなるんだよね。見てると。
なんかそういうことかなというのと、
あとこういう絵を描く人なんか定規で引いて、
なんかこう自分の中にもこういうのあるなって思ったことがある。
そうだよね。
子供の頃本当に延々とデカいカレンダーの裏にさ、こういうことしてたんだよね。
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丸描いたりとか。
そう、絵描いてた。
確かに確かにわかる。
しかもなんかね、その時にすごい感覚がずれてるなと思ったのよ。
大人というか家族と。
それが、僕絵描いたらさ、その絵の中で絵をぶっ壊すというかさ、
なんかもう、なんかもうぐちゃぐちゃにしたくなる。
だから積み木積んでそれを崩すみたいな感じで、描いた絵の中で絵を否定していく、壊していく。
だけど、大人、うちの家族とかはどっかでこう、それそんなに細かく描いたんなら撮っておこうよみたいになるんだけどさ。
終わりがあるんだよね。周りから見てる人って。
だからそれがこの作品みたいな風に思ってるから。
だからなんだろう、だからこうその番組見てたりとかこういうのを見てると、なんか終わりがない気がしてて。
で、それをどっかでなんかの理由で周りの人が終演させるから、それなんか作品として切り出されてるけど、
なんかその人にとって終わりが全然ないんじゃないかなって思う時がある。
それはありそうだね。
そう、なんか僕にとっては子供の時終わりが、周りからなんか価値がある。
周りが終わったというタイミングで自分は終わってなかったなと思うから。
なんかこう繰り返しこうやってる。こういう線を引き続けるみたいな感覚が、もし近いものだと、僕が昔思ってた感覚と近いものをすると、
なんか終わりがなかったし、
でも彼の彼彼女の手を、なんかどっか意味のあるところで終わらせてあげるのも、それはそれでいいのかもしれないなと思ったりもする。
社会とのコミュニケーションって意味だね。
確かにね。
しかも音声ガイドが森崎ウィンさん。
森崎ウィンさん知ってるの?
え、知らないの?
今をときめく、なんか最近よく見るよ。
無料だったよ。
本当?
そうですよね。ミャンマー出身で、ご両親ともミャンマーの人で、
出稼ぎでミャンマーに、出稼ぎって言い方あるんだけど、日本にご両親が住んでて、
おばあちゃんとずっとミャンマーに住んでたのは、小学校の時に日本に来て、
そっから日本語もだのかな。
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スカウト化されて、ウィンっていう名前でやってたんだけど、オーディションで日本語喋れないと思われて、
事務所の人が苗字つけたんだって。
日本人ぽい苗字。
大丈夫ですっていうことで。
ていう人。最近よく見るこの人。
知らなかった。
ぜひ行かれてください。
そうだね。
音声ガイドもたぶん聞いたほうがいいと思う。私はちょっと時間なくて聞けなかったんだけど。
素敵な展示を。
最近行ってないなと思って。
私もこれで今回一緒に企画を考えてる、美大で教えてるアーティストの方、
あかりさんっていう人がいるんだけど、
そこに置いてあるね、山を作ってる人なんだけど、あかりさん。
山の陶器を作ってる方。
これ、すごい。
今皆さんには見えないんですけれども、陶器で作られた山を作品として作ってる方がいて、
彼女と一緒に行ってきて、彼女のチョイスだったんだけど、
これは歩いててたまたま見つけて入ったので、彼女は別にチョイスしてなかったんだけど、
一緒に行って、結構美大最近出た人が施設とかに働くこと多いらしくて、
それこそこういう芸術活動を補助する。
画材を用意してあげたりとか、
それこそミラトが言ってるようにここで終わりみたいなことをガイドするみたいなことをやる要因として、
美大出身の人が障害者施設とかで雇われることが多いらしくて、
その話も聞きました。
その話の流れで行くんですけれども、
もう一個行ったのがオペラシティのアートギャラリーで、
そこは最初目的はこの写真の方の展示。
石川真央さんっていう方の私に何ができるかっていう展示で、
この方は沖縄にずっと住んでいらっしゃってて、
沖縄のことをずっと撮っていらっしゃる。結構お年の方。
私も全然実は知らなくて、
若い方かなと思ったら結構お越しでびっくりしたんだけど、
その方の展示で、
これもすごい良かったんですけど、
特にフィールドワーカーとしては見といてすごい良かったなと思って。
彼女がすごい初期にやってた沖縄の女性たちを、
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米軍基地の近くにある野宮の女性たちを撮った写真があるんだけど、
そこで結局自分もバーで働きながら、
米軍の人と付き合いながら写真を撮った。
沖縄に自衛隊ができたんだけど、
自衛隊の人と結婚している時に自衛隊の中を撮ったりとかをされている方で、
プラス、基地反対運動とか自衛隊反対運動みたいなのもずっと撮っている方なんだけど、
そういう中に入り込んで撮るみたいなことをずっとやっていらっしゃる方で、
その中で沖縄の女性たちに裁判とかされて写真集の発行を止められるとか、
自衛隊の写真集も旦那さんに出さないでくれって言われるみたいなことが書いてあったと思うんだけど、
そういうことも経験しているという意味で、
すごく人類学者として見るべき写真の人だなと思って、
結構いろいろ考えました。
ミイラ鳥がミイラになったかのような経歴だった。
まさにそれが出てくるの。ミイラ鳥がミイラになるんではないかみたいなのを、
どこか本土の人、名古屋かどこかの写真家の人がコメントしているシーンとか言葉が出ているんだけど、
その人が何かの賞をあげたんだけど、
そういう話が出てきて、これ全部今読んでもらっているのはキャプションなんだけど、
この展示の仕方も面白かったです。
だから展示室にはほとんど文字情報がなくて、
番号と写真だけが展示してあって、
そこにどんな人が写っているのかとか、
その時どういう状況でこの写真を写したかっていうのを、
全部この冊子の中のキャプションの中に書いていて、
でもこれかなり文字数多いんだけど、
すごいね。
写真を写真として見たい人は、
このキャプションの本を読まなかったらそういう風に見れるし、
でもちゃんと背景のストーリーとか、
どういう風にしてこれが撮られたのかっていうのを知りたかったら、
この本を読んでストーリーがわかるみたいな構成になっていましたね。
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悠君が前に話したときに、
いろんなことに反対とか、
どうしてみたいな、
どうあなたは関わっているのみたいな、
論理的なのかどうかわからない人たちとかいるけど、
それともケアが足りすべき人なんじゃないかみたいな話があったけど、
これを読むとさ、
本当にその、
が見えてくる。
結構何かに反対してるっていうのは、
大行なことじゃなくって、
すごく個人的な体験によってたりとか、
それっていうのは当人を観察したりとか、
一緒に横にいないとわかんないこととかが、
いっぱいあると思うんだけど。
私それでこの石川さんが話してるビデオを、
全部は見なかったんだけど一部だけ見て、
そこで出てきた夫婦の写真を説明してたんだけど、
その夫婦の旦那さんの方の家族は、
自民党系の議員が出てる一族で、
その人自身はずっと保守の運動をしてたというか、
自民党の選挙活動とかに携わってたんだけど、
途中で基地の移転を反対するっていう運動に、
夫婦で関わり始めて、
石川さんと出会ったみたいな話があって、
本当に今三浦さんが言ったように、
別にイデオロギーで人って分断できなくて、
個人の生活とかその人の人生みたいなもので、
やっぱり立場も変わるし、やることも変わるし、
でも変わったからその人って一族からは切り離された石だと思うんだけど、
かといって、その人が言い入れてきたイデオロギーが
消え去ったわけじゃない気もするね。
目の前で自分が感じ取ったことで、
今その行動をされてると思うけど、
根本的にその人が変わったわけじゃなくて、
もっと大きなレベルの話、
思想的なものと自分の目の前の良し悪しって、
結構別にあったりするんじゃないかなって思う時もある。
24:00
その辺がやっぱり沖縄っていうところは、
より考えざるを得ないことが毎日起きるっていうところなんだなっていうのを
やっぱり今回これを見て思いましたね。
なので皆さんもぜひ。
これも12月24日までやってますので、
東京オペラシティに行ってみてください。
もう一個私が一番紹介したかったのが、
東京オペラシティの企画展を見ると一緒のチケットで見れる
ギャラリーの方の展示で、
プロジェクトNってやつなのかな。
若手作家の育成支援を目的として展覧会をしている、
個展をやっているっていうやつなんですけれども、
そこで土井沙織さんっていう山形在住の作家さんの展示があって、
その絵がすごく良くて、
で、
実は昨日このことをインスタに上げたら、
土井さんからメッセージが来て、
ちょっとだけやり取りしたんですけど、
この人はもともと日本画の人で、
なんだけど、この絵だけ見るとすごく油絵っぽくなってる。
技法とかも結構塗り重ねていく感じとか、
油絵っぽい描き方をしている人なんだけど、
それも結局、
ここに彼女が描いているのと、
昨日やり取りした中で聞いたのは、
プロセスをすごく重要視していると。
絵を目的にしていなくて、
絵を描くっていう中で、
自分と世界について考えたりとか、
自分の疑問みたいなものを見つけていったりとか、
あとは彼女の言葉で言うと、
固定観念から離れるために絵を描いている、
みたいな言い方をしていて、
そのプロセスが全部絵の面に残されていて、
それが結果として作品になる、
みたいな言い方をしていて、
それがやっぱり私すごい好きなポイントなんだな、
というふうに思いました。
私も人類学とかいう結構めんどくさい学問を、
ここまでわざわざやっているので、
結構そのプロセスに意味があると思っているところが強くて、
彼女の場合は絵を描くということでやっているけど、
私は多分それを言語でやっていて、
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毎日日記、最近書けていないけど日記を書いたりとか、
フィルドノートを書いたりとか、
そういう日々起きることに関して何かを書くということで、
世界と自分の関係性を明らかにしたりとか、
自分ってどんな人なんだろう、みたいなことを
考えていくっていうのを、
私は言語でやっていると思うんだけど、
それを彼女は絵でやっているっていうのがすごい伝わってきて、
面白いなって多分思ったんだろうなって思いました。
絵を目的にしていない、
形、最後の形を目的にしていないっていうのは、
さっきの冒頭の障害がある方のアートの話とかにもちょっとしたけど、
あとミラさんが子供の時に書いてたよね。
でもよく考えたら子供の時以外にも、
そんなによく分析してさ、
自分の価値観とかさ、
そういう今ゆうくんがおっしゃったようなことは意識してないけど、
僕、仕事中さ、
なんか今、リブのデスクで仕事してるんだけどさ、
一緒に暮らしたか見たことあると思う。
机にさ、変なもの描いてるでしょ。
机の表面に直にあるでしょ。
鉛筆で描いてるやつでしょ。
あれはでも、なんかね、
あれやってる時の気持ちちょっと今聞いてて、
自分もそれのなんか、
吐き出す方法として、
そういうことをしてんのかなと思った。
もう最後と形とか無いく、
ずっとこう走らせていくと、
スッキリするんだよね。
あれも永遠に続ける。続けられちゃうから。
どっかで止めないといけないんだけど。
いいんじゃない?別に。
でもそれをだからスケッチブックとかに貯めていくと、
多分一つのシリーズに今なると思うよ。
作品になるよ。全然。
なんかそういうこと、
なんかもっとさ、
今土居さんの絵の話を聞いて、
なんかこう描くっていうことがさ、
さっきの最初の話も、
歓声に向かって描くことが、
なんかこう強調されすぎてる?
こんな世の中というか、
30:00
美術教育とかもそうかもしれないけど、
わかんない。そんな偉そうなこと言えること知識ないけど。
なんかでも常にこう、
なんか絵を描ける?みたいな話になると、
どうしても歓声の姿にどれだけ正確かみたいな話、
絵心があるみたいなとかさ、
なんか我々が言う絵って、
そういうことばっかりな気がするんだけど、
これよく前勤めてたとこの、
代表の奥さんが心理カウンセラーだったんだけど、
その人とは僕は仲違いしてるんだけど、
言ってたのが、
心をの、
自分の心を癒す方法とか、
生理とか対話する方法として何か作るみたいな、
何ていうワークショップは実際やったりも、
よくそういう業界はしてる。
あるね、アートセラピーとか。
そうそう、アートセラピーみたいな。
なんかね、もっとこう作る、
何かを作るっていうことの、
なんかハードルが低くなった方が、
みんなホストとかキャバクラとか行かないんじゃないかな。
また極論を言ってますけど。
でもそれは本当に私もそう思ってて、
だから最近私インスタに作った歌あげたりとか、
そうだね。
作ってる様子のスクリーンショットを撮ったりするんですけど、
あれもそうなんですよ。
なんかあれは、私は表現したいとか何かを伝えたいとかっていうよりも、
フィルノートを書くみたいな感じと近くて、
自分と世界の輪郭を確かめているような感じがしていて、
それが言語じゃない方法でやると、
踊りになったり歌になったり絵になったりとかするんだと思うんだけど、
そういうことって多分やってった方がいいんだろうなって気がしますね。
だから歌とか踊りとかもさ、
歌が好きとか踊りが好きっていうのがさ、
歌とか得意みたいなのが、
カラオケの音程は当てられるみたいな世界になっているのがもったいないなというか、
多分僕も自分が歌うってなったら、
それを必勝にすることしかできない人間なんだけど、
きっとそれってなんかもったいないことなんじゃないかなっていう感じ。
だから作るってまさにそういうことだよね。
そこから離れてるからさ。
私この間作ってみて思ったんだけど、
自分で作ると音痴とかないんだよ。
そうだよね。なるほどね。
自分で作った歌だから、別にそれが昨日と今日で違ってても別にそれはそれでいいし、
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自分の歌だから、むしろこの間それで伴奏つけてもらったりしたんだけど、
自分の持っているメロディーに合わせてみんな伴奏するって話になるから、
違うっていうところがないんだよね。
それもすごいいいなって思いましたね。
っていう感じでもうそろそろ時間が一本来てるので、
今回は最近行った展示と芸術について話しました。
がんばうがんばうたまごでは皆様からのメッセージもお待ちしてますので、
フォームの方に書いていただいたりとか、ツイッターの方で書いていただければと思います。
はい、ではまた。
バイバイ。