EP985他人に優しくしてナメられるだけの人と他人に優しくして尊敬される人の違い
2026-05-22 21:04

EP985他人に優しくしてナメられるだけの人と他人に優しくして尊敬される人の違い

元動画:https://www.youtube.com/watch?v=XQe7046HE5Y

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はい、こんにちは。今回なんですけれども、優しくしてナメられるだけの人と優しくして尊敬される人の違いというテーマで、僕の意見をお話しさせていただこうと思うのですが、
というのは世の中には優しい人っているじゃないですか。 あと優しくない人もいますよね。
優しい人っていうのは他人に対して優しいわけです。 例えば職場で困っている人がいたら助けてあげる。職場以外でもね。
バスの中で困っている人がいたら助けてあげるとか、席を譲ってあげるとか、 あるいは恋人同士とかでもパートナーが困ってたら助けてあげる、優しくしてあげるとか、
職場の中でも仕事を手伝ってあげるとか、部下が嫌がる仕事を手伝ってあげるとか、
あとは同僚が嫌がっている仕事を代わりに引き受けてあげるとか、そういう優しいことってあるわけで、そういう優しいことをしてくれる人もいれば、
してくれない人もいるわけです。で、優しい人は
大きく分けると2つに分けられて、他人に優しくして舐められる人と、優しくして舐められない人、この2つに分けられます。
で、優しくして舐められない人は、もっと上に行くと優しくして、なおかつ人から尊敬される人、そういう人もいるわけです。
では、優しくして舐められる人と舐められない人、何が違うのかというと、それは、
他人に対して船引きをしっかりするかしないか、この違いですね。
船引きした上で他人に優しくするか、船引きしないでひたすら他人に優しくするだけなのかの違いで、舐められるか、舐められないかの違いがはっきり分かれます。
これはもう、あらゆる人間関係ですべて共通して言えます。職場でも、家族でも、学校のクラスの中でも、
上司と部下でも、同僚同士でも、全部同じことが言えるわけでして、それは人間関係っていうのは
相対的なものだからです。例えば、2人以上の人間がいて、
何か共同で仕事するとか、チームで仕事するとか、組織で仕事するっていう場合、
すべての作業、仕事が完全にきれいに役割分担されているってことってほぼないと思うんですよ。
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例えば夫婦でも、共働きもいれば、旦那さんが働いて奥さん専業主婦とかいろいろあって、
共働きの場合でも、子育てどうするのか、掃除どうするのかって、
完璧に役割分担ってされてないんですよ。特に今の世の中はそういうのが曖昧になっていて、昔よりもさらに役割分担が
はっきりしていない世の中になっているわけですよ。役割分担が完全にされていれば、私はこの仕事をします。
あなたはこの仕事をしてください。それで済むんですけど、曖昧なんですよね、境目が。
となると世の中の人は、みんなその組織で働く場合、他人が優しくしてくれて、これをやってくれると、
それが当たり前になってしまって、状態化してしまって、そういうことがあって、そうするとどんどんどんどんエスカレートするっていうことがあるわけですよね。
なので、優しくして舐められるだけの人っていうのは、例えばね、
人に優しくしますよ、職場の中で相手に優しくしますよ、恋人としても相手に優しくしますよ、
せんびきしないで、ただ優しくするだけなんですよ。となると、
誰でもさ、人の嫌がる仕事とか、引き受けたくない仕事とか、面倒くさい仕事ってあるじゃないですか。
特に会社の中、組織の中でも、嫌なことを他人に伝える仕事とかだと、誰かが伝えないといけないんだけど、伝えたら、
伝えた人が相手から嫌がられて嫌われるっていうのがあるから、そういう仕事したくないよねってありますよね。
そういう仕事ってよく押し付け合いになるんですよね。あとは、医者の世界でも、例えば外科医の世界だったら、
手術したいんですよ、みんな。手術は外科医の中で鼻型、だけど術後管理とか書類書いたりとか、サマリー書いたりとか、
書類書いたり、点滴したりとか、そういう仕事は外科医の中では雑用って言われるんだけど、みんな手術したいばっかりで雑用はやりたがらなくて、
手術は取り合いになって雑用は押し付け合いになるとか、
あとは、失敗すると上司に置かれるような仕事だったら、やりたがらなくて押し付け合いになると、責任を負う仕事もやりたくない、めんどくさくない、
めんどくさい仕事もやりたくないと、あとは部合がつく仕事と部合がつかない仕事があると、部合のつく仕事が取り合いになって、部合のつかない仕事は
やりたがらないと、例えばファミリーレストランにお客さんとして入って、誰も案内してくれないことってあるじゃないですか、すいません、すいませんって言うと案内してくれてとか、
まあそういう感じで、もしそれが、案内すればするだけ部合がつく仕事だと、部合がつく仕事は取り合いになって、みんながどうぞどうぞって私が案内しますってなると、
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で、部合がつかない仕事でみんなでやりましょうってなると、やった分だけ損をすると、時間給で給料が決まってるんだったら、その時間の間、なるべく仕事しない方が得なわけなので、部合がつかない仕事は押し付け合いになって、気づかないふりをしたりとか、まあそういう感じになるわけでやって、
でもそういう部合がつかない仕事とか、みんなの嫌がる仕事を私が引き受けますってやってあげると、まあその時は喜ばれるんですよ。とりあえず一回ね、じゃあみんな嫌がるんだって、僕やりますとか、あとはね、ナースコールが鳴ってて、まあ誰もナースコール取らないんだけれど、まあ誰かが取ると、あ、取ってくれた?って進むわけじゃないですか。
となると、その時はありがたいなって思うんですけど、でまた同じような事態があった時に、私やりますとか、なると、それがだんだん固定化して、状態化するんですよね。
で、まあそれ以外でもね、友人同士とかでも、まあ友人複数人で、まあどっか遠出しましょうとかね、っていう場合に、じゃあ誰が車出すの?誰が運転するの?やっぱり車出す人、あと運転する人って損じゃないですか、自分の車使いたくないし、まあガソリン代割り勘とかになるかもわかんないんだけれど、運転するのも嫌で、
運転しないでみんなでね、後部座席とか助手席でワイワイやる方が楽しいわけであって、でも誰かが運転私するわ?ってなると、で次また同じように遠出する時に、またその人が運転して車出すってなると、それが状態化して当たり前になるんですよね。
恋人同士とかでも食事の割り勘とか、あとはSマルXの時ですよね、男女でSマルXする時に、相手の嫌がることってあるじゃないですか、自分はしたいんだけれど相手が嫌がることってあるじゃないですか、なんか口でしたりとか、あと電気つけてやるとか、あとなんか恥ずかしい格好してやるとか、
あとはSマルXの前にちゃんと善儀してムードを作るとか、SマルX終わった後に講義で疲労トークするとか、相手は望んでるんだけどこっちはやりたくないとかそういうのいっぱいあって、それも固定化すると全部当たり前になるんですよね。
それがやっぱり人間関係っていうのは相対的なものであって、この人はこれやらないといけない、これはやらなくていいとかきっちり線引きされてないわけですよ。
なのでそういうことをひたすら相手に対して優しくして、もちろんその善儀とか講義とか疲労トークとかね、SマルXの時に相手の嫌がることをしないっていうのはすごく大事なんですけれど、現実的には男女でそれぞれ好みっていうのも違うし、私はこれやってほしいんだけど彼氏はやってくれない、俺はこれやってほしいんだけど彼女はやってくれないっていうことは現実的にあるっていうことなのであんまり細かいことは気にしないでほしいんですけど、
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それが状態化する、固定化すると、それをずっとやってたのにある時断ると、なんでやってくれないの?なんて冷たいの?優しくない?って逆に嫌われてしまう、怒られてしまうっていう事態になるんですよ。
なので、どっかで線引きしないといけないっていうのがあります。特に職場ですよね、職場でこの仕事はこの人、この仕事はこの人とか、はっきりしてるのもあれば曖昧なのって必ずあるわけですよ。
特に日本はね、これが欧米だとレストランで注文取るのとかでも、このテーブルは私専用、私がやります、このテーブルはやります、違う人を呼んでも相手してくれなくて、私はあなたの担当ではないとかはっきり言うんですけど、日本はやっぱりおもてなしの精神っていうのもあって、そういうのがはっきりしていないわけで、
例えば職場でゴミが落ちてても、それ拾ってゴミ箱に捨てるっていうのでも具合もつかないし、誰がやるのか決まってなければ、やっぱり腐敗した職場だと誰も拾わないっていうことが起こり得るわけですよね。困ってるお客さんがいても誰も助けないとかそういう風になってしまうわけで、腐敗した職場だとそういう風になってしまうわけであって、
世の中の人間っていうのはほとんどの人が自分では気づいてないんだけれど、自分に甘くて他人に厳しい人がほとんどなんですよ。だってそれの方が生存戦略上有利なんですよ。
例えば食べ物が一定数ある場合でも、他人に自分の分をあげるよりかは他人の分を取ってしまう方が生存戦略上有利じゃないですか。十分な食料があればいいんですけど、大抵十分な食料ってないんですよ、昔っていうのは。
取り合いになるわけなので、他人の分まで自分が取って自分は生き延びて相手が飢え死にするっていう方が生存戦略上有利なので、必然的に自分に甘くて他人に厳しい人が生き残っているので、現代の世の中でもそういう人が多いっていうのは当たり前であって、そのことに気づいていない人が多いわけで、それはもう僕もそうだと思います。
僕に関してもそういうところはあると思うので、なるべく気をつけて生きているようにはしているわけなんですけど、例えばすごく他人に気を使ってくれる己を知っている人が相手だったら、まだ優しくして相手が調子に乗る、エスカレートするってことはないし、せんびきする必要もないんですけど、
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結局世の中の大部分の人は自分に甘くて他人に厳しいくてそのことに気づいていない人がほとんどなわけであって、世の中にはテイカーとギバーがいるんですけど、実際にはほとんどの人がテイカーだと思います。無意識にテイカーだと思います。
私はテイカーではない、私はギバーだって言っている人でも実はテイカーだっていう人多いんですよね。被害者意識が高いだけであって、実は自分がテイカーだってことに気づいていないっていう自称ギバーっていうのもいるわけであって、僕もいつそうなってしまうかわかんないし、自分でも今でもそうなのかもわかんないので、そうならないように常に己を知るように修行しているわけなんですけど、現実的にはそういうわけであって、
程度の差はあるんですけど世の中の人はテイカーが多いわけです。ものすごい酷いテイカーもいればマイルドなテイカーもいるわけであって、だから人間同士っていうのは対立するわけですよ。職場でも夫婦でも恋人同士でも学校の中でも、
もう、なんでお前これやんないんだ、俺こんなにやってるのにって、そういう対立ばっかりじゃないですか、夫婦でも。私がこんだけ家事やってるのにあんたもやってよって。俺は仕事で疲れてるし家事やってるじゃないかって。お前は一日中今日は何やってたんだよとか、そういう対立があるのも、実はほとんどの人がマイルドなテイカーだからそういう対立するわけですよ。
なのでちゃんと選挙されていない世の中なので、それで相手に対して優しくするとどんどんどんどん相手は図に乗るんです。エスカレートするんです。そうすると自分のどんどん、自分の負担がどんどん増えるわけですよね。それが舐められている状態っていうわけです。
これは世の中の人間関係ほとんどのことに言えることなんだけど、例えばいじめも同じ構図ですよね。例えばヤンキーがゲームセンターでゲームしてるおとなしそうな男の子にちょっかいかけていじめて、相手がやり返さないとどんどんどんどんヤンキーは調子に乗るんですよ。
それが舐められているっていう状態なんですよね。だけどゲームやってるおとなしい子がいじめられることに対して反発して立ち向かっていけば、ヤンキーはこいつやり返してくるんだって気づいて、次からいじめられなくなって、次からもっとおとなしそうな人をいじめのターゲットにするっていう。
これ良くないことなんだけど、世の中これが現実です。人間関係もそうだし、組織と組織もそうだし、国家レベルでもそういうのが当たり前なんですよね。だから相手に対して舐められないようにするっていうことはすごく大事で。
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あとはギャンブルで借金している友達に金貸してくれって言われて、一回金貸すと、あれじゃないですか、またその貸したお金でギャンブルして、また金貸してって延々に連鎖して、それが舐められている状態なわけですよ。
だってギャンブルで借金して生活できないから生活費貸してくれって言われても、ギャンブル依存症の人はその生活費って言って借りたお金でまたパチンコやったり競馬やったりとかしちゃうし、あとは知り合いでターで整形してくれっていう人とかたまにいたりとかして、その知り合いにターで整形すると、それで喜んでくれると、また次、また他の治療やってくれ、またターでやってくれってなっちゃうんですよね。
そういうのに対して、もうターではやらないよって突き放すと、なんて優しくしてくれないんだって喧嘩になるっていうか怒られちゃうわけですよ。
ギャンブルでお金貸していっている人にもう貸さないって言うと、なんで貸してくれないんだって関係悪くなるんですよ。
だったら最初から断ればいいっていう話であって、最初に断ると相手が反発すると思います。
なんで友達じゃないか、なんで貸してくれないんだよ、なんでターで整形してくれないんだよってなっても、そこはちゃんと線引きしないといけませんよと。
ひたすら相手に優しくしてあげて、それでいい関係が保てるっていうこと、ほぼないです。
どっかで線引きした上で優しくしないと、ひたすら舐められるだけの人になってしまいますよというわけでございます。
なので相手が困っているとき、本当に大変なときに助けてあげるのはいいですよ。
だけどここは助けちゃいけないっていう線引きはちゃんと引いた上で助けてあげると。
本当に職場で困っていて助けてあげないといけないなというときは助けてあげるべきです。
だけどこれ以上この人を助けてもこの人のためにならないなと。
明らかにこの人は自分に仕事を投げてサボってるだけだなという場合は、ちゃんと次から断らないといけないです。
断らないとどんどんエスカレートしていって舐められるだけですから。
本当に困っている人は助けないといけないんですけど、この人助けちゃいけない人だなとか、
どんどんどんどんこの人が怠惰になって怠けて人に仕事を押し付けるだけだなっていうときはちゃんと断る。
嫌われる勇気を持って断らないといけないですよと。
それは職場の同僚とか上司と部下の関係でも恋人同士でも友人同士でも同じことです。
あとは相手が明らかに悪いことをしている場合、これは注意しないといけないです。
職場でも恋人同士でも友人同士でも、例えば職場で部下とかがお金をネコババしていると、
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これは明らかに悪いことだよねと。犯罪なんだけど、犯罪っぽいことが状態化してしまって、
現場の感覚が麻痺してみんな普通にやっちゃうとかそういうことってあるんですよ。
あと会社とか職場の物品をネコババするとか、勤務時間中に遊んでるとか仕事と関係ないことするとか、
そういう状態化してしまって腐敗するってことがあるわけです。
なのでもし明らかに悪いことをしている人がいたら、ちゃんと注意するっていうこと。
これもすごく大事です。
普段は困っている人に対して優しい人でも明らかに間違ったこと、悪いことをしてたらそこはちゃんと注意する。
それを見て見ぬふりするっていうのは優しさではないんです。
悪いことしてたらちゃんと注意する。
そうすると今まで注意されてこなかったのに注意された人は反発したりとか、
注意した人を嫌うっていうこともあり得ますよ。
だけどそれはもうしょうがないんです。
それは一部の人に、注意した人に嫌われるかもわかんないです。
それ以外の人にも一部の人に嫌われるかもわかんないんだけど、
組織としてやるべきことをやらないと結局なめられるんですよ。
どんどん悪いことがエスカレートして止まらなくなってしまって組織が腐敗してしまいますので、
悪いことをしている人がいたらちゃんと注意するっていうこと。
最近は悪いことをしている人に対してちゃんと注意できないっていう大人が急増しています。
これは家庭の中でも子供が明らかに悪いことをしていても親が叱らない。
学校の中でも制度が明らかに児童が明らかに悪いことをしていても先生は注意しない。
授業中に大声出して走り回っていても注意できない先生が多いんですよ。
職場でも部下が明らかに間違ったこと、おかしなことをしているのに注意できない常識が増えているわけです。
パワハラだって言われちゃうから注意できないって言って注意しないって言って言い訳して注意しない人がいるんだけど、
明らかに間違っていることをしたらちゃんと注意しないといけないわけ。
例えば泥棒をしているとか勤務時間中に遊んでいるとかだったら明らかに悪いことをしているわけなので、
それは注意しないといけないわけなんですけど、それができない人が増えていますよと。
それはそれで問題かなって思いますね。
という感じで今回の私の話は優しくして舐められるだけの人と優しくして舐められなくて尊敬される人の違いというお話でした。
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ご視聴ありがとうございました。
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