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2026/03/31 2026年3月 月報
2026-03-31 22:52

2026/03/31 2026年3月 月報

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#声日記 #声でブログ

短歌 #tanka #短歌日記

 

iPhoneがぷよぷよしてるなによこれ 娘よ、それはアプデのせいよ

春光に押しつぶされるその前に 逃げ迷ったらまた春が来た

「先行くよ」10秒待たず出かけるが 取りに帰って結局一緒

流しても赤くならない白いいね さびしいけれど少し安心

 

「感情ミュート社会」とは? 自ら感情を出さない新常識 | メディア掲載 | ひらけ、みらい。生活総研
https://seikatsusoken.jp/contribution/25537/

 

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サマリー

2026年3月の月報として、娘の小学校卒業とそれに伴うせっかちな行動やiPhoneのiOSアップデートに関する短歌が紹介されました。また、AIを活用した短歌作成のプロセスや、ビジネスとは異なる文学的表現の難しさについて語られています。さらに、「感情ミュート社会」という概念が紹介され、感情表現の手段としての短歌の重要性が議論されました。話し手は、声日記やブログ、短歌など複数の表現の場を持つことの意義を述べつつ、感情をミュートし続けることへの懸念も示しています。

3月月報と娘の卒業
こんばんは、ひろひろしです。
2026年3月31日、火曜日22時8分です。
今日の声日記を録っていこうと思います。
今日は3月31日月末ということですので、
毎月行っております月報ということで、
短歌を概要欄に貼っておりますので、
あっ、 大丈夫です、ごめんなさい。
貼っておりますので、それを見ながら、
1ヶ月を振り返っていこうかなというふうに思っております。
短歌については、概要欄を見ていただきたいんですけれども、
今月はそうですね、一番大きかったのはやっぱり、
うちの娘、小学6年生の娘が小学を卒業して、
来月から中学生になるということで、
それ関係の出来事に関しての短歌というかね、
思い出深いかなというふうに思っています。
卒業式での娘のせっかちエピソード
この先行くよっていう短歌は、
まさに卒業式の時の短歌でして、
何とも言えないんですけど、
うちの嫁は、もともとセッカチで、
東京にいる頃からセッカチだったんですけど、
大阪に来てからさらに拍車がかかって、
むちゃくちゃ早くなったんですけど、
8時15分に出るよとか言っておきながら、
8時13分になって行くよと言われて、
10秒も待たずに、もう行くよって言って、
出かけてしまった。
じゃあそれだったら一緒に行く意味ないじゃん。
オレ待ってる意味ないじゃんって感じです。
ちょっとプリプリ怒ってたんですけど、
その後、私がじゃあいざ出ようってなった時に、
ガチャッとドアが開いて、
息子に対してちょっとメガネ取ってきてくれる?
みたいな形でお願いをして、
結局一緒に出るみたいな。
ちゃんと忘れ物を確認したんですかね。
セッカチが過ぎるのもどうなのかなっていう風で、
ちょっと滑稽だなと思って、
この短歌を作っています。
娘のiPhoneとiOSアップデート
あとは先月、
娘が卒業祝いも兼ねて、
うちの父親が娘のためにiPhoneを買ってくれたので、
iPhoneについての質問みたいなのが、
まぁまぁ多くなってきて、
今私は妻子が東京にいるので、
私一人でこっちにいるんですけど、
その間も一応LINEは通じているので、
たまにLINEが来たりとか、
今日もちょっと一個LINEしたんですけど、
いろいろありつつ、
そういうやり取りもしているんですけど、
そしたら、
iOS26でしたっけ、
iOS26がLiquid Glassでしたっけ、
透明になる感じ、
iPhoneを持っている方は分かると思うんですけど、
基本のOSのデザインがガラッと変わって、
慣れないんだけどみたいなのを、
たしかリリースした時は、
yarukinaifmとかでも話されていたと思うんですけど、
とうとううちの娘のiPhoneもそういう風にアップデートが走って、
今日触ってみたらiPhoneがぷよぷよしているんだけど、
何これ、みたいな。
いやいや、パパがやっていないっていうの。
Appleが勝手に決めて、
勝手にアップデートしたわけだから、
パパのせいじゃねえよっていう話はしてはいるんですけど、
そういうのを短歌に入れているって感じですね。
春の光と時間の経過
明日から4月で、これからね、
長い寒い冬が終わって、
夏に向かってまた暑くなっていくって、
夏は夏でね、やっぱり最近夏が厳しいですから、
またそこでも大変だなという時期が来るんですけど、
去年の春かな、
ちょうど春ぐらいに、
声日記では喋ってなかったと思うんですけど、
特に重たい病気とかではないと思うんですけど、
すごい眩しいというか、
日の光がすごい眩しいなっていうのを去年、
すごい軽に感じて、
これはちょっと病気なのかなと思って、
また眼科に行って、
別にそこまで深刻ではないし、
生活に指標が出ているわけではないんだけど、
なんかちょっとしんどいな、
そろそろ目医者行かないといけないのかな、
眼科行かないといけないのかなと思ってたら、
気がついたら、
1年が経っていまして、
また春が来るわという、
月日が経つのって本当に早いなっていうのを、
1個入れといたって感じですね。
SNS投稿と反応への思い
最後の段階は自分の中で、
一応話しておこうかなと思ったのが、
別に大した特に深い意味はないんですけど、
炎上覚悟でとかって言うと炎上をするかなっていうところは、
別にそういうつもりで書いたつもりもなくて、
ただちょっと誰かにチクって刺さる言葉かもしれないなっていうのを、
Xにポストしたんですよ、私もね。
そういうのを狙って、
ちょっと心配してる時って、
全然バズらないというか、
全然誰からも反応がなくて、
全然気にしてなくて、
フヤフヤってなった時に、
うわーって炎上したりとかする、
不思議だなと思ってるんですけど、
そういうことを投げても、
誰からも赤くならないなっていう、
寂しいけれど、
どこか安心するというかね、
誰もいいねと思ってくる。
反応がないってことは、
そういうトゲトゲしたものを流しても、
大丈夫だったんだなっていうので、
少し安心したなっていう感じがしてるっていう感じの内容を、
短歌にしたっていう感じですね。
AIを活用した短歌作成と表現の探求
この1ヶ月は、
1ヶ月かな、
はてなブログへの連携が
すごい遅くなってしまっていて、
溜まりがちだったので、
それは反省だなというふうには思っているんですけど、
1日1個短歌を作って、
Xにポストするっていうところまでが一応ゴールにしていて、
はてなブログはログみたいな形で、
一応記録だよねっていうので、
残している感じで、
今自分の中では定義付けているので、
別にその日になくてもいいんですけど、
それにしても溜まりがちだなと思ってしまったので、
遡り投稿みたいなのが増えてしまったので、
ちょっとそれは反省だなと思いつつ、
ただ今は、
AIと一緒に作ってるわけじゃないんだよね。
AIに自分の短歌を採点してもらって、
良いところ、悪いところ、
5点満点中、何歩です、みたいな。
自分の中では3.5以上をAIが付けてくれたら、
そのまま公開するか、
ちょっと修正してもう一回確認してもらって、
っていうふうにしようかなっていうふうにしていますね。
そのやりとりを通じて最近思うこととしては、
声日記しかり、仕事しかり、
喋るとか誰かに伝えるときって、
できるだけ相手に分かりやすいように、
例えば事例を交えて説明するとか、
分かりやすい表現にするとか、
ありくどい言い方をしないとか、
そういうのを結構心がけていたんですけど、
AIに検索されてよく言われる指摘としては、
説明をしすぎですっていう。
そのままストレートに言いすぎですっていう。
だから何か違う言葉を使って、
あえてそれを好めかすというかね、
こういうことかっていうのを、
なるほどねっていう風で好めかすのが
短歌のいいところなので、
あんまりこう、
この57577でちゃんと読んでいけば
文章になって分かりやすいですね、
じゃない方がいいんですよねみたいな、
というところと、
あんまり映像がない、
なんかただの標語、
だから映像がないと
ただの標語になってしまうよねっていうことで、
できるだけその情景を思い浮かばしつつ、
その情景を説明するではなくて、
情景を思い起こさせるような
言葉を使ってやりつつ、
その中で感情を込めておく。
で感情を込めておくのもあまり説明をしない、
分かりやすい言葉で使わないで、
その状況を説明するっていう、
なんか難しいんですよね。
ビジネスでやってることと真逆なので、
これが文学なのかっていう風で思いながら、
一生懸命AIに添削してもらって、
2.7から3.4になって、
3.4から3.8になって、
よかったじゃあ3.5超えたからアップするかとかね、
たまにストックから出してきたやつをポンって出したら、
いいですね、もう4.2でいいと思いますよみたいな、
あっさり3.5以上もらったりとか、
だんだん甘くなってきてるので、
厳しめでいいんですけどって常に言ってるんですけど、
それでもいい評価をもらう。
「感情ミュート社会」と短歌の役割
ただAIに点数を高く付けてもらったからといって、
みんなからたくさんのいいえいをもらう短歌になるかというとそうでもないし、
いいねをたくさんもらうことが短歌の目的ではなくて、
またこの話もしかしたら、
今日は詳しくはしないですけど、
私はnoteでいろんな方をフォローさせていただいている中で、
今日すごくいいのを共有してくださったのが、
この方はなんてお読みするんでしょうね、
大王岡さんっていう方で、
三行日記をよく書かれている方で、
一応ポッドキャストもされていて、
LISTENにも上がっているので、
そういう方なんですけど、
その方が今回共有してくださったのが、
感情ミュート社会を生き抜く2026年3月30日三行日記ということで、
みなさん知ってます? 感情ミュート社会って。
そういう単語が、
一応その博報堂かな、
未来総研(生活総研でした)っていうこのページ、
このページは後でリンク貼っておきますけど、
いろいろトラブルがあるから、
感情をミュートしている人が多いんです。
そうした方が生きやすいんですけど、みたいな人。
日本人ってもともとあんまり自己主張しないとか、
そういう文化であるんですけど、
ちょっとそれとは若干違うんですよね、みたいな感じで、
話がされているので、
なるほどなというふうに思ってはいるんですけど、
その感情表現をする中で、
短歌っていうものが最近いいんですよ、みたいなのが、
一応ここでは紹介がされてたりしますね。
ちょっと待ってくださいね。
これかな?
誰かの短歌を読んで感情を整える。
人が書いた短歌を読むとこんな感情あったんだと驚いたり、
あの時の感情ってこれだったんだと再確認したりすることがあります。
短歌を読むことで知らなかった感情が広がっていくのが素敵だと思います。
現代短歌は今SNSでバズっていたり、
若い人にじわじわ人気が広がっている気がします。
自分ではうまく言語化できなかった感情を他者の言語化を活用して
整える生活者が登場しているということで、
私が普段使っている57571っていうアプリが紹介されているみたいなね。
感情ミュート社会の新欲求ということで、
結構短歌も流行っているらしいですね。
短歌と多様な表現の場
ちょっと分からないんですけど。
やっぱりこう、なんだろう、
声日記でダラッとしゃべるのもあるし、
しずかなインターネットで文字で書く、ダラッと書く。
noteでポッドキャストの感想を交えつつ、
自分の意見とか考えを文章にダラッと書いていくっていうのもあるんですけども、
全部そぎ落として31音に込めていってやってるっていうのもなんかこうあるし、
すごくいいなって思っているし、
だからといって皆さんに短歌やった方がいいですよとは言わなくて、
ただ自分の表現として短歌っておもしろいなっていうところと、
やっぱり日常の霧というか写真と一緒だと思うんですよね。
それの言葉バージョンかなと思ってて、
それこそすぎべさんがね、短歌ってあれですよね。
写真をパシャパシャするみたいな感じの言葉バージョンみたいな感じですね。
まさにそれだと思うんですよね。
自称に対して私はこう思ったみたいな。
それをさっき言ったようにあんまり言葉でちゃんと説明するっていうのはしないみたいな。
そういうのがいいらしいんですけど、
そういうことでまた違う。
声日記だったりブログの文章とかだったり、
やっぱりどちらかというと見ている人と聞いている人に分かりやすいように説明しなきゃいけないっていうのだけども、
あんまり説明しない。
だからといって誤解をされないように自分のちゃんと想定している意図を
組み取ってもらえるような短歌を作るっていうのがまた違う活動なのかなと私は思っているので、
おもしろいなと思ってやってますというところですね。
だから別に短歌を作って何かを目指そうとか何かになりたいとかそういうことは全く思ってないですし、
言い訳でもないですけどね。
私にはでもいろいろ思っている。いろいろやりたいことがあるから。
声日記もしっかり、しずかなインターネットの日記もそうだし、noteの記事もそうだし、
いろいろ表現したいこととか感じたことを表出したいっていうこともある中での短歌。
やっぱり界隈がそれぞれ違うので、
この人に見てもらいたいとか、こういうことはこの人に見てもらいたい。
例えばある界隈、しずかなインターネットで書いたことを他のところに言ってみるとか、
履き出し先をいっぱい持っておくことで、一個が潰れたとしても別にもう一個が生きるよねっていうのの、
窓口を持っておくっていうのも大事かなというふうに最近思ってますというところで、
感情ミュート社会への懸念と今後の展望
ちょっとそろそろ長くなってきたので終わろうかなと思います。
さっきね、動画録ったんですけどなんか落ちちゃって、
なかったことになった。別に大したことじゃないし、
それは正直あんまり公開しない方がいいよねってものがもしかしたら映っていったかもしれないので、
結果的によかったのかなっていうふうで思うようにはしようと思いますけど、
そういったところで、感情ミュート社会のことはまた喋ろうと思いますけど、
今も言ったように考え方を自分が切り替えていって、
なんだよ、LISTEN、ふざけんなよ、とかっていうふうでもうしないようにするっていうのをできるだけ無駄な怒りを発生させないようにしてるっていうのも、
感情ミュート社会の一端になっているのかもしれないなというふうで思ってますね。
怒るときは怒らないといけないし、やんなきゃいけないんだろうけど、
ちょっと怖いのはこれが慣れちゃうと怒るのめんどいみたいな。
もう怒らなくていいかみたいに怒るというか、感情を爆発させなくていいかってなっちゃって、
結局感情を爆発させるところがなくなっちゃって淡々となっちゃって、
結局ロボットと一緒に変わらないねみたいになっちゃうと、
それって人生楽しいのかなとか、やっぱり何か物事を変えるとか、何か世の中を変える要素の一つとして怒りっていうのがあると思うので、
そうなると例えば極端な話ですけど、今のところ日本国憲法が大々的に変わって戦争推奨です。
いろんな国に侵略しまくります。うるせえみたいな形の憲法になりましたって言っても、
自分たちの中でメリットを見出していこうかみたいな考え方を切り替えてってなると、
本当にそれってみんなにとっていい社会なのっていう、それも考え方次第ですよねとかってなっちゃうと、
大丈夫なのかなっていうふうに思っているところ。
絶対守らなきゃいけないところっていうのは持っておかないといけないのかなっていうふうに思います。
ということでちょっといろいろ喋っておりますが、
感情ミュート社会の記事を貼っておきますけど、えらいおもろいなと思ったので、
そういうのについてはまた喋ろうかなと。
喋りたいなと思ったら喋ろうかなというふうに思います。
じゃあこれで終わろうと思います。
ありがとうございました。明日から2026年度また始まりますね。
がんばっていきましょう。
お疲れ様でした。ありがとうございます。
22:52

コメント

娘さんのぷよぷよしてるという表現良いなぁと思いました!変化を楽しんでいる感じがして 僕はこのアプデのデザインが受け入れられず、変化を楽しめないおじさんになりました。。

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