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TOKYO NORTH MOVEMENT 飛鳥山の窓から
東京都北区飛鳥山
暖炉のある小篠光宏さんの部屋には 未来を思う様々な人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。
さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
こんばんは、小篠光宏です。
今月もいよいよ最終回となりました。
6月のゲストは、ルームハートの代表取締役、丸山慎二郎さん。
丸山さん、とうとうラストの回になってしまいましたけれども。
ありがとうございます。
最後、いろいろまたお話を伺っていきたいと思います。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
さて、丸山さんといえば、上北信用金庫の事業に いろいろと深く関わってくださっているんですけれども。
あらかわく、町屋の支店の倉庫だったのかな。
もともと会議室倉庫、駐車場。
あれを改修した東京ローカルベース。
LOCALとポチが入っているんですけれども。
これを企画もされ、運営もされているということなんですが。
これ、どういう場所でしょうか。
ここは、旗から見るとカフェです。
そうですね、1階がきれいで、カフェで皆さんね。
やっぱり1階の場所なんで、1階の飲食店でバリアフリーのところって 町は実はないんですよ。
そうですか。
はい。
ジョナさんとか、いわゆるデニーズさんとか、ファミリーレストラン。
ファミリーレストランさんはあるんですけど、2階と地下にしかないし。
で、やっぱりここで食事も楽しんでもらいたいんで、そういう場所にしたいっていうのと。
あと、カフェってコーヒー飲む機能以上に、人とのコミュニケーションの場所だったり、
ちょっとしたプラスを世の中で人生に提供してくれる場所ではあるんで、
そういうのを作って、そこのコミュニティを使ってビジネスとか、
それをハブにして広げられないか、地域を活性化できないかっていう思いで作ったお店です。
あらかわく、町屋のエリアマネジメントを中心にするみたいなね、壮大な構想を持ってというふうに思ってます。
構想としては…
いえいえいえ。
いやでも、デザインもね、どうですかね、僕もそんなにいろんなとこ行ってるわけじゃないけど、
ニューヨークの双方の一角みたいな。
で、これが意外になんて言うと怒られちゃうんだけど、あらかわく町屋っていう下町、
ニューヨークの双方だってね、そもそもそういう感じのところっていうのもあるんで、
なんか合ってるんですよね、雰囲気がね。
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いや、それもう嬉しいです。でも、まさにそのイメージを持って作り出したんで。
なるほど。
で、2階にインキュベーション施設っていうんですか、
いわゆる起業された方のオフィスが並んでるということなんですよね。
今も皆さん、満室。
はい、満室で。
その方はカフェなんかどういう感じで活用されてるんですか?
いや、意外と接点がそんなにあるようでないというか、コロナだったというところが一番大きいんですけど、
今年になってやっぱりその接点が一回みんなで会うってことができたっていうのが、
実際のところですね。これからどんどんどんどん盛んになっていくのかなとは思います。
そうですね。ちょっとね、本当にコロナの直前でしたからね、会館がね。
確かにそこで一つ、ちょっと初級姿勢ざるを得なかったって言葉ありますけど、
これから本番ということなんですけれども、
そういう中でさっき拠点っていうお話がありましたけれども、
イベントの貸し出しとかそういうことにもされるということで。
もともと夜の営業は他の飲食店とはあまり被りたいとは思っていなかったんで、
貸切でスペースが40人50人入るんで、プロジェクターがあってマイクがあってっていうところってあんまり多くないんで、
そういう場として使っていただけること自体がやっぱりコミュニケーションとかの円滑なところになってくるんで、
基本的にそういう作りにしていきたいなと思ってたんで、そこを拠点にイベントをやったり、
あとは僕たち復興支援のイベントとか地域をコミュニケーションをやるためのイベントとかを数々やってるんで、
そのためにっていうところもあります。
なるほどね。
まあ、防音とか遮音の問題もあるかもしれないですけども、
ちょっとした音楽イベントみたいなものもね、
そうですね。
やったらいいと思うし、
箱も割と真四角で、いろんなことに使いやすい空間ですよね。
そうなんです。
さらに、上北信用金庫さんの施設でもあるわけなんですけれども、
具体的に上北信用金庫さんとの事業とのコラボレーションみたいなのはあるんですか?
ここもやっぱりコロナでできにくかったというのはあるんですけれども、
いろいろ僕の中では試作は今あります。
そうですか。
はい。
じゃあこれから交差音団っていうSNSの音もあるし、
そうですね。
いろんなところでやっていただければ。
特にSNSなんかでやっていただけると、
荒川区だけで知るんじゃなくてね、
僕ら荒川区の外の人間もやってる様子を知ることができて、
もちろん参加もさせてもらえるのかもしれないですけれども、
知るっていうことによって、じゃあこっちではどんなことやれるとかね、
ご学びもあるしね、ぜひ仕掛けていただきたいなという気がしますね。
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さて仕掛けといえば、大地にできました。
渋沢くん視点、上北信用金庫の大地出張場ですね。
渋沢くんがジャックするという、このコンセプトでできた視点ですね。
何ピンクに塗ってんのかなと思って話してたらですね、
蓋を開けたらすごく楽しい、
あそこだけアミューズメントパークのお店ができちゃったみたいな、
そんな感じなんですけれども、
あそこも丸山さんが手掛けられたってことなんですけれども、
丸山さん、荒川区が本拠地っていうことなんで、
大地のことはあんまり知らなかったんじゃないですか。
その荒川区と比べたら知らないんですけど、
でもすごい近いエリアでしたし、子供の頃もよく大地には来てた、
スケートに来てたっていうのがあるし、
上北さんにもよく来るんで、その関係もあって、
北区は馴染みが。
ジャマイカに来たような感覚ではなかった。
そのくらいよく知ってた。
すごい素晴らしいところを手掛けさせていただきました。
どうでした?まずやっぱりデザインしようと思うときに、
現場見てどうするんだろうなとやると思うんですけど、
まず現場見た第一印象、渋沢君視点をここに作るっていうのはどういう感覚でした?
提案をしてから、僕現場が分からなかったので見に行ったんです。
見たときに、これは面白いと思って、後ろも抜けてるし、
手通りに面してるし、これはやっぱり徹底的にやらなきゃダメだというのが、
そこが一番。
なんで、デザイナーがやっぱり遠慮してくるんで、予算とかの関係も。
遠慮はしないで、一旦ぶつけるべきだって。
っていうのはもう、僕が言わないといけないと思って。
なるほど。
結局、当然予算の関係とかもあるんで、落ち着くんですけども、
でも、ジョークさんがすごいやらせてくれたなって思いました。
デザインとか街作りって、構えを最初大きくするっていうのは大事ですよね。
大きく風呂敷を広げるっていうか。
めちゃくちゃ大事です。
畳むのはいつでもできるんですよ。
やっぱり夢をそこに語るとかね。
我々、よく企業経営も経営者に夢を語らなきゃいけないとかって言うんだけど、
なかなか僕みたいな初心者の経営者は、夢までいかないみたいなことになるんですが、
ただ地域って、やっぱり夢をまず語ることは大事だと思うんですよね。
そういう意味では、ジョークさんの今回の事業についても、
まず、丸山さんは夢を語っていただいたってことですかね。
大弁釈者の一人として力になれたらと思いました。
そうですか。具体的に渋沢君支店をデザインしていただいたんですけれども、
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このプロジェクトといいますか、この渋沢君支店ということは、
この街どういうインパクトを与えていくというふうに今お考えですか。
完成してご覧になられて。
おそらくあそこにできて渋沢君支店って言ってることによって、
渋沢君っていう認知度が圧倒的に上がったんじゃないかなとは、
やっぱり物理的なものが存在するとやっぱり印象には残るんで、
そこからやっぱり知っていくっていう、なんだろうあれっていうところは、
広まったんではないかなとは思うんで、認知度はまず広がったなと思いました。
なるほど。今後北区が元気のいい街になっていくとか、
もしかしたら渋沢栄一の理念を伝えていくとか、
これから北区がさらに手を打っていくときに、
渋沢君どんな役割を果たしてくれそうですか。
渋沢君の役割としては、やっぱりもともとビジネスの方なんで、
世の中を作っていくっていう意味では、これは僕の考えではあるんですけど、
やっぱりビジネスを作っていくのに必要なものは、
やっぱり楽しむっていうことだと思うんで、楽しみとか遊びとかを広める。
その背景には愛があるんだっていう。
企業も仕事も愛だし、遊びも愛だっていうところでは、
渋沢君というのはそういうのを広めていくっていうところになると、
よりいいキャラクターになるんではないかなと。
なるほどね。
渋沢栄一さんの青天を追いつけっていうドラマがありましたけれども、
渋沢栄一さんが小さい頃にお母さんから、
みんなが幸せになるのが嬉しいんだよっていうことを抱きしめながら言われる場面があって、
結構フィーチャーされましたけれども。
そういうことですよね。
渋沢栄一さんの、これはドラマで描かれた部分でもあるんだけれども、
やっぱり渋沢さんのやられた経済を活性化していくっていうことは、
やっぱりみんなが良くなっていくために、どうやってお金を回していくんだとか。
その結果として、もちろんこぼれている人に対して愛を持って接していく。
そのために渋沢さんという人は、いわゆる資本主義の父というふうに言われる人ではあるけれども、
そういう社会事業なんかにも大変真に取り組まれて、そういう部分もお持ちだというね。
そのバックグラウンドが渋沢君の後ろにはある。
渋沢君というのは、そういう渋沢栄一を尊敬してやまないというキャラクターですから、
だからその渋沢君の活動を通じて、そこを伝えていくということなのかもしれないですね。
それと同時に、やっぱり遊びがなきゃっていうお話があったんですけど、
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僕は丸山さんとお話ししててね、すごい思ったのは、
渋沢君こそが遊びの天才なんじゃないか。
いや、素晴らしいですね。
だから、もしかしたら丸山さんも抱きしめられて言われたのかどうかわかりませんが、
あなたは遊びの天才になりなさいっていうふうに言われた渋沢君が、
その経営の中の遊びの要素みたいなものを、
渋沢君に僕らも固くする、預けることができるから、
そういう部分をやっていけるみたいなね。
渋沢君にそういう活躍をしてもらいたいと思うんですけどね。
いいですね。自分に今まで閉じてた部分を出していくっていう。
そうなんですよ。
みんながどんどん出せるような、出していいんだよって言ってくれる。
僕もね、本業建設業で、音楽マンションっていうものの、
まさにブランディングっていうものの中で、
一つの要素として渋谷でね、ラジオの番組を持ったりとか、
今もそこをご覧いただいてた大前理事長から言われて、
今こういうことでおしゃべりしてますけれども、
やっぱりこれも本来の建設業の社長はどうあるべきかみたいな、
伝統的なところから考えてると、あいつ何やってんだよっていうね、
今もあちこちからそういう声が聞こえてくるんだけれども、
そこに蓋をしていても、次の展開がないよなみたいなね、
そういうことは感じたんですけど、
真山さんはご自身の仕事がそういうふうに割と自由なんだけど、
どうですか、その次の展開を考える中での遊びというか、
もっと遊ぶってことなんかないですか?
もう止まらないです。
社会活動とかして言うと、やっぱりこの街を作っていくのには、
10年後、15年後の街を作って、
子たちに対して球をどんどん投げていきたいっていうのがあるんで、
ちょっといろいろ企画をしてるんですけど、
これこそ、まさに城北さんと一緒に手を組んでやりたいっていうのが、
トライアンドエレで一回アラカークでやりたいのが、
アラカーマンテッドみたいなのをやりたいんですよ。
そのパッケージもちゃんと考えていて、
呼び込みもかっこよくDJとかが呼び込んで、
DJタイムもあってみたいなとこで、
5歳、10歳ぐらいから大学生ぐらいまでは70%ぐらいしゃべる。
あと30%がプロフェッショナルな大人たちがしゃべるっていう感じで、
30分ずつ一人ずつ出てきて、
10分という限られた時間を折り紙の折り方とか、
そのトレーニングを大人たちが一生懸命叩いてあげるっていうイベントを、
年に2回から3回やっていきたいなっていうのが。
じゃあこれからの丸山さんの仕事は、
遊びの天才を育てるのが仕事なんだね。
遊びの天才を継いでいく人たちを育てるということなのかもしれないですね。
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うちの孫も育てていただきたいなというふうに思います。
第4回まで大変ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
まずはご活躍ください。
ありがとうございました。