引越しでの広報互換性維持
はい、こんにちは、Kojimaです。 いや、久しぶりの収録になりますね。
えっと、1ヶ月前に投稿したのかな、ポッドキャストを。それが最後だと思うんですけど
7月の8日ですね、2024年の7月8日でちょっと更新が途絶えてましたが、今日収録日は2024年8月10日になりますね。
土曜日、三連休の最初の日であります。 引越しをしました。
なんかポッドキャストで喋ってたっけ、引越しをするっていうイベントがちょっとありまして、大変だったんですよ、引越しが。
引越しが大変だった余波と、仕事が大変だった余波みたいなのが同時に重なってやってきて、今に至るみたいな感じ。
片方収まっただけじゃなくて、ちゃんと両方同時に始まって両方同時に収まるみたいなことをするから
人生ままならんなーって感じなんですけど。 まあいつものことですね。なんか
僕すげー忙しい時期と落ち着いている時期みたいなのがやってくるっていう
そういう人生しか歩めないんだなぁと思って、もう
受け入れてますけども。 コントロールできないからね、こういうこと。
しょうがない。 正直そういう話をしてるわけじゃなくて、引越しをする上でちょっと気づきがありまして
引っ越したじゃないですか。引っ越すときに やっぱバックエンドエンジニアなんですよ、僕は。少年が。少年がバックエンドエンジニアなんで
すごいデータ移行しようとしちゃうんですよ。 つまり
既存の生活と広報互換性を維持したまま、いかに新しい生活に適応させるかという考え方をしていたことに気づいたんですね。
それに気づいたのは、本当に自分の家の荷物をまとめ終えた後とかに気づいたんで、ちょっと気づくの遅かったなって感じだったんですけど
何言ってるかっていうと、引越しっていうのは メジャーバージョンアップなんですよ。広報互換性切っていいんです。
当たり前だけど、広報互換性いらないんですよ、別に。ユーザー僕しかいないから。 ユーザー僕しかいないのに、僕のために維持しなきゃいけない広報互換性なんてあんまないんですよ。
全くないわけじゃないけど、 あんまり守備範囲広げる必要がなくて、例えばそうですね
食器とか洗濯用品とか全然広報互換性いらない。 持っていく必要はない、みたいなことに気づくのは結構遅くてですね。
なんだかんだ言って持ってきてしまったものもあって、 どうせ捨てないといけないな感じなんですけど
捨てるものを持ってくることには、それはそれで経済合理性が働くこともあったので、 全てを後悔しているわけじゃないんですが、もっと早く
ただ単に捨てるものを増やすべきだったなというのはすごい思っていて、 もっと捨てればよかったですね。
すごいシンプルに。 結局何か建て直し、作り直しなんで引っ越しって。
何を言っているかというと、広報互換性維持しようとすることの弊害とは何かというと、
シンプルに持っていくものが増える。 それからコンフリクトする。 要は新しい生活になるのに
古い生活のものを引きずってても、別に便利じゃないみたいなことってあるわけじゃないですか。
例えばそうだな、僕今まではコンビニがすごい近くにある生活をしていたので、
そのすごい小さな冷蔵庫で頻繁に中身が入れ替わるみたいな感じの生活をしてたんですよ。
特にテレワークしている頃なんかは、自炊しようとしたら、別に平日だろうが自炊できますから、やろうとすれば
あんまり物が悪くなるみたいなこととかなかったんですね。
やっぱ新しい生活になると、僕が頻繁に料理しているわけじゃないんですけども、
例えば冷凍庫が大きくないと保存できない食品が現れるとか、そういうことを考えないといけないわけですね。
広報互換性についての気づき
結局冷蔵庫は持ってこなかったんですけど、持ってこなかったんでいい判断をしたなと思ってるんですけど、
そこに冷蔵庫があったところで、過去の冷蔵庫があったところで別に意味はないわけですよ。
こういうのはいろんなところに言えて、それこそ食器も別に意味ないんですよ。
一人暮らし用に適当に使い続けて、適当に買って適当に使い続けてきた食器があるだけなんで、別に高いものでもないし、
必要かどうかを考えている暇があったら捨てりゃいいんですよ。捨てて買い直しちゃいいんです。
そういう合理性があるわけですね。
捨てて買い直すっていうことに別にトラブルにならないというか、特に問題がないわけです。
自分が広報互換性を維持しようとしていることに全然気づいてなかったのよ。
冷静に考えたら、引っ越しで広報互換性を維持する必要がないなんて当たり前じゃん。
そりゃそうやろって感じじゃん。
自分が広報互換性を維持しようとしていることに全然気づいてなくて、
一緒に、まだ一緒に住んでないんですけど、この家で一緒に住むことになってるんですよ。
一応。実施されない確率がビレ損ですけども。
多分実施されると信じて引っ越してきたんですけれども。
その彼女と一緒に話をしてても、なんか噛み合ってないなと思ってたわけ、僕は。
なんか違うな。なんでそんな過去のものに対して適当なこと言うんだろうなと思ったんだけど。
冷静に考えると俺がおかしいんだよ。
新生活始めるぞって言ってんのに、過去の一産を何でもかんでも引き継ごうとするのはおかしいんだよ。
そりゃね、なんか、あそこの捨てますとかは、え、なんで?ってなるけど、安いもんじゃないからさ。
何でも持ってけばいいってわけじゃないじゃん。
高くても、もう絶対使わない、新生活だと絶対使わないであろうものとかは捨てりゃいいわけだし、
逆に安くてもすごい大事なもんだったら、次の生活でも使うぞってもんだったら持ってけばいいわけだし、みたいな、そういう話を彼女はしてたのね。
僕は新生活を始めるというゴールをちゃんと描けてなくて、場所を移動するみたいな気持ちでずっと引っ越ししてたの。
場所を移動しようとすると、移動するだけだから、あんま生活が変わると思ってなくて、保管性を保とうとしてたのよ。
これはなんか気づかなかったなぁと思って、自分一人で気づいたし、別に引っ越しの際にめちゃくちゃ喧嘩とかもしてなかったんで、いいんだけど、特に困ったことにはならなかったんだけど、
まあ、死で言うなら、引っ越しの前日がめちゃくちゃ大変だったぐらい、荷物梱包が。まあでも大変だったのそれぐらいなんですよ。
おもろいな人間と思って、自分に対して。
そんなとこでも広報互換性を担保しようとするんだお前、という自分の馬鹿さ加減をちょっとまた感じましたね。
いや、俺やっぱ馬鹿だなーっていう気持ちになりました。
まあ、引っ越しで気づいたことでしたね。
まあ、そんなとこですかね。
いつも広報互換性が大事なわけじゃないんだなってことがわかりました。
はい、最後まで聞いていただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。