エリーの帰宅と父親との対話
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
エリー、今何時だと思っているんだ?
俺が呆れたような声で言うと、エリーはキョトンとした顔をしながら、
え?一時。
こんな夜中に帰ってくるなんて何考えてるんだ?
いやむしろ、大学生の娘がその日のうちに帰ってくるなんて健全だと思わない?
日付は越えてる。そうじゃなくて、朝帰りじゃなくて、電車があるうちに帰ってきてるじゃん。
でもお父さんたちはもう寝てる時間だ。だからこっそり入ってきたじゃん。
もっと早く帰ってくるべきだ。遊べるのは今のうちだよ。
遊びより大事なことがある。
エリー、聞いてるのか?眠いから続きは明日ね。
エリーは自分の部屋へ入っていく。
こら、エリー。
まったく。
次の朝、朝食の時間にエリーは現れなかった。
エリーはまだ寝ているのか?
いいじゃない、大学生なんだから。
誰の金で大学に行ってると思っているんだ。
匠さんだって学生の頃はお父さんのお金で寄った遊びとかしてたじゃない。
遊びじゃない。真剣にやってたんだ。
金持ちの堂楽じゃない。そんな言い方ないだろ。
エリーはバイトで稼いだお金で遊んでいるんだから、あなたより立派よ。
バイト?エリーは何のバイトをしているんだ。
やだ、匠さん。そんなことも知らないの?お前が教えないからだろう。
娘のバイトも知らないなんて、なんて白情な父親なのかしら。
純子は、やだやだとつぶやきながら台所へ向かって行った。
アルバイト先での再会
部長、たまには飲みに連れてってくださいよ。
岡田がそんなことを言い出したもんだから、久しぶりに仕事帰りに飲みに行くことになった。
部長はビールでいいっすか?
ああ、頼む。
すいません。お願いします。
はーい。
俺がお手拭きで顔を拭いていると、
あれ?パパ?
驚いで顔を上げると、従業員の制服を着たエリーがいた。
エリー、何してるんだこんなところで。
何って?バイト。
え、なになに?部長の娘さん?
ちょっとパパ、お手拭きで顔拭かないでよ汚いな。
気持ちいいんだからいいじゃないか。
ごめんねお嬢さん。おじさんって基本汚いからさ、すぐ拭いちゃうんだよね。
岡田、お前俺が汚いって言ってるのか?
あ、いや、その。
それで、ご注文は?
あ、生二つお願いします。
かしこまりました。
エリーは注文を取るとさっさと言ってしまった。
いい子っすね。
当たり前だ。俺の娘だからな。
いや、奥さんの育て方が上手かったんだろうな。
どういう意味だそれは。
普通あのくらいの年の子が外で父親に会ったら無視ですよ。無視。
そうか?
うち妹がいるんですけどね。小学校5年の時からずっと反抗期。
父とは口も聞かないっすよ。
喧嘩でもしたのか?
いや、父親が頭が固くて古いんすよ。
妹が大学行きたいって言ったら、女に学はいらないとか言って反対しちゃって。
今時そんな父親がいるのか?
今時って言ってももう15年くらい前の話ですけどね。
それで、妹さんはどうしたんだ?
結局看護学校へ行って就職して、それから一回も実家帰ってないっすね。
一度も?
一度もっす。
それは寂しいだろうな。
それは寂しいだろうな。
だから大事にしなきゃダメっすよ。
大事にするって何だろうな。
多分ですけど、間違ってるのは自分かもしれないって思うことです。
間違ってるのは自分?
自分は正しいと思った瞬間、人は話を聞き入れられなくなるじゃないですか。
人は話を聞いてくれない人を好きになったりしないっす。
だから、間違ってるのは自分かもって思ってるくらいでちょうどいいんすよ。
俺は父親を見ていてそう思ったっす。
なるほどな。
お待たせしました。
エリーが生ビールを二つ持ってきた。
お、娘さん、あざーっす。
重いので気をつけてくださいね。
新村さんのお父さんですか?
がたいのいいバンダナを巻いた男がテーブルに来た。
あなたは?
娘さんにお世話になってます。店長の杉原です。
杉原と名乗る男は名刺を差し出してきた。
いやー、本当に新村さんは働き者で助かってるんですよ。
お父さんに会えて嬉しいです。
これ、サービスなんでたくさん飲んでってくださいね。
そう言うと杉原さんはポテトサラダをテーブルに置いていった。
じゃ、おゆっくりどうぞー。
そう言って、エリーもキッチンに戻っていった。
エリーの後姿がなんとなく、じゅんこに似ている。
なんだか今日は、いつもよりビールがうまいような気がした。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。