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はい、おはようございます。こんにちは、こんばんは、おいぴーです。
えっと、内部手術高校で働きながら、学校にNFTを持ち込めないかなって、なんかいろいろやってる考え方があった教員でございます。
はい、このチャンネルでは、NFTのことを話をしたり、教育のことを話をしたりしているチャンネルになっておりまーす。
はい、いつもいいね、再生、コメント、ありがとうございます。
はい、えっとですね、昨日、一昨日と連続で、ディスコードの話をさせていただいたんですけど、
ディスコードがですね、えらいこっちゃ、えらいこっちゃになっていてですね、
あのー、すごい人がいっぱい集まってきてくれましてですね、
あのー、こんな場所多分ないんじゃないっていう状況に、もうすでになりつつあるので、
ちょっと、あのー、右端でやってしまったので、ちゃんとなんかこう、柱みたいなのを作んなきゃいけないなと思ってはおります。
でね、やっぱりWeb3とかに触れてきたので、
Web3的に、事実分散的にね、ネタへの機能を発信させてもらいましたけど、
誰かの質問に誰かが答えるみたいなね、形ができるといいなと思っているんですが、
えっと、それって、もうすでにあるじゃんみたいな、掲示板にね、例えば、質問をして、
誰かが、私こういうものですがこんな感じです、みたいなね、ああいうのあるじゃないですか。
でも、それがあのー、掲示板っていうのは、なんか、あのー、なんて言ったらいいんですかね、
普通の人って言ったらいいんですかね、普通の人が答えるじゃないですか。
でも僕が今Web3とかに触れているので、入ってきてくれた人たちが、
あのー、まあいい意味で普通じゃない人しかほぼいないんですよ、今のところ。
なので、要するにあの、一番最初のポストにもしたんですけど、
Web3とNFTといった新しいものが好きで、好奇心が旺盛で、挑戦とか、バンザイ!みたいな、
人たちが集まっている人、集まっている中で、そういう人に対して教育について質問するということになるので、
基本的にというか、前向きなんですよね、みんな。
だからどんな質問をしても前向きなコメントになるっていう、素晴らしいDiscordが完成しそうな予感。
なので、楽しみにしております。参加してくださる人、一緒に盛り上げてください。お願いします。
はい、前半2分は話をしてしまい、そんなDiscordの宣伝でしたけれども、
えーとですね、今日は何を話そうかなと思っていたんですが、
えーとですね、今日は、なんだっけな、批判というか、アンチとか、そういうコメントよくあるじゃないですか。
で、まあ当然ね、そんなものは私は知らんっていう話なんですけど、
一回ね、チャットGPTに批判的なコメントをする人たちっていうのは、幸福度とか、人生に対する満足度とかっていうのがどういう関係性は出ますかみたいなことを聞いて、
そういうデータありますかみたいな、有料版のチャットGPTに聞いたんですけど、
そしたらダメならばそういうデータはありませんでしたみたいなことを言われてしまったんですけど、
心理学的にはテキストメッセージですね、
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ああいう批判的なコメントをする人っていうのは基本的には不満がたまっていて、
その不満の吐き口として強い口調を使ってしまったり、批判をするみたいなことは出るらしいですね。
社会心理学って言ったかな、うん、なんかそんならしいんですよね。
やっぱり結局のところ、そういうなんか否定的なとか、批判、否定じゃないですね、否定は別にしてもいいのか、
批判的なコメントをしかしなくて、自分の意見はもう全然述べないみたいな、
相手のことを考えて、この人はこういう意見があって、こういう考えだからこういう発言をしたんだろうな、
でも僕はこうじゃこう思うな、みたいな、そういう発言ができていない人たちっていうのは、
なんかあんまり幸せじゃないんだろうな、みたいな感じになったんですけど、
何が言いたいかっていうと、僕はそういうことは基本的にはしないので、
割と興奮なのかなって思うのと同時に、教員っていう立場なんでね、
子供たちにそういう状態になってほしくないなってすごい思うんですよね。
誰が見るかも分からないような掲示板とか、Twitterでもいいんですけど、
SNS系に強い口調を使ったりとか、意見の主張が一方的みたいなコメントとかを残すっていうのを、
自分の目の前に映っている教え子たちにそういう風になってほしくないっていう希望がすごくあります。
なので、よく親や先生はね、子供の見本だとか鏡になるとか言っている話があると思うんですけど、
自分がそうなってほしくないなっていうことは自分はしないようにしているっていう、
すごく当たり前っちゃ当たり前なんですけど、
例えば学校の先生とかがネガティブなツイートめっちゃするじゃないですか。
あなたそういう文言で書いて発信しちゃってるけど、何万とかでインプレッションとかになっちゃってるけど、
あなたの目の前にいる教え子さんたちがそういうことをしたらどういう指導をするんですかって結構気になっちゃうなみたいな感じなんですね。
僕はそういうことは絶対にしないので、
学校の先生の発信で子供たちが見ている可能性というか、
そういう発信をする子供に育っちゃったらちょっとショックじゃないって思ったりはするんだよなぁと思うお話でした。
大人もそうかなと思います。
批判的なコメントをしている子持ち、子育て世代の人たちっていうのは、
あなたのお子さんがそういうふうな発信ばっかりしている子に育ったらどんな感情を抱きますかっていうのを考えて、
文言を丁寧にしたりとか、自分の考えを発信して批判するとかね、
そういうふうになってほしいなと思いましたっていう、珍しく教育家の話をしてみました。
手が冷たい。
僕歩きながら撮っているので、向かいから来た人は気にしないんですけど、
同じ方向に歩いてくる人ってずっと喋っていることを聞かせちゃうから、
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そのためにちょっと止めたり道を変えたりするんですけど、
そうすると話そうと思っている内容が飛んだりしちゃって、ちょっと迷惑がなかったんですけど、
まとめると、親とか先生とかっていうのは、自分が育てている子たちに、
自分のようになってほしくないのか、自分のようになってほしいのか、
自分を超えるような、自分よりも優れた人になってほしいのかっていうのをよく考えて、
情報発信をしてほしいなって思いましたというお話でございます。
では今日1週間も終わります。1週間お疲れ様でした。
今日乗り切るっていう表現はなんとも言えないんですけど、
今日も一日楽しんでやっていきましょう。
あと山猿さんが100回記念に向けての質問をくれました。ありがとうございます。
これで晴れて100回記念放送は質問に答えるくらいにできそうなので、
皆さんも僕に対しての質問があったらぜひぜひコメント欄とかで教えていただけるとありがたいです。
あと10回です。多分異国の地マルタから発信することになると思います。
今後もよろしくお願いします。では。