00:06
おはようございます。
薩摩訛りの耳毒ラジオです。
この配信は、人検索の時代、
時報の名も無きイラストレーター、
私、みやけんの
人となりを知ってもらうべく、
日々の気づきや
マインドを発信している
雑談ポジションドークチャンネルです。
全然聞こえない。
全然聞こえない。
はい、どんどん。
もう一回言って。
はい。
えっと、
今日は10月の
26
土曜日
です。
鹿児島天気は曇り、
雨は降っておりません。
えっとね、
今午前中なんですけども、
えっと、
昼からですね、
私、住んでいる鹿児島市からですね、
薩摩仙台市
というところに
移動しまして、
ひよきんさんのね、
カバード
ピーブルという
コミュニティが主催しております
大黄金祭りに
ご挨拶に
行かせていただこうと
思っております。
子供たちとね、
妻と家族がいる関係で、
今年はですね、
ちょっと夜までは
いられないということで、
夜のバーベキュー、大会、
花火、
あれ花火言ってたっけ?
まあいいや。
昼に顔出すぐらいしかできないな
という感じになっちゃったんですけれども、
まあでも行きますよと。
なので妻の仕事が
午前中やっているので、
終わってからみんなで行こう
というようなことで今、
なのでね、今日はね、
まあ何もしていません。
子供二人、面倒を見ながら
寝るという状態です。
昼からね、そうやって
移動したりするので、
午前中のうちに家事を終わらせておかないといけないので、
今日は外にも出ないで
家で
やっております。
子供たちはなんかもう、
パパのことはほったらかしで、
フォートナイトをやっているので、
何でもいいということで、
よしスタイフ取ろうという感じで
立ち上げてみました。
で、おなじみの
イラストを描くな!
イラストを作れ!
で、おなじみの
イラスト講師、
NFTクリエイター、
UberEats配達員の宮剣です。
リミットクラジオよろしくお願いします。
あのー、
まあ、毎日配信はしてないのでね、
いろいろ喋ることも
あるっちゃある、ないっちゃない
って感じなんです。
配信は聞かせていただいてますが、
いいねも押せないです。
UberEatsをしてるとね、
ずっと聞けるんで、
03:01
あのー、前より多分
聞いてます。前より聞いてるんですが、
聞く量が多くなっちゃったら、
いよいよいいねを
押せないっていう。
いいねを押してる時間がないという感じになってますんで、
うーんと、もはや
いいねも押せてませんが、
時々タイミングあって、
そしてこれはっていう時はコメントとかは
入れさせていただいておりますが、
まあ、そんな感じの生活をしております。
でね、今日はですね、
ちょっとアートについての
話、ちゃんとしようかなと思って、
えー、
今思ってることをね、
喋ろうかなと思いました。
一つはきっかけはですね、
まあ、ちょっといろいろ重なったっちゃ
重なったんですけど、一番のきっかけは
ちょっとあるYouTubeを見てですね、
うん、あの
イラストレーターの方が発信されてる
YouTubeを見てて、
あー、だよなーみたいな、そうだよなー
っていう話があったんで、
それをちょっと紹介しながら、
っていうとこなんですが、
あのね、
そのYouTubeのタイトルとしては、
なんだろう、
アートと
アート活動と
えー、違うな、
うーんと、
えーとね、いわゆる
マーケティング、ビジネスと
アートは別みたいな、
相入れないみたいなタイトルで、
僕自身は、
そうは考えてないんですけれども、
うーん、
そうは考えてないんですけども、
そのタイトルで一応見ていったら、
うーん、なるほど、確かになー
っていう部分があったっていう感じですね。
あのー、
うーんとね、
ちょっともう忘れてるんですけど、
要するにですね、
えーと、まあ、
うーんと、その方が言うのは、
えーと、
なんであれが売れるんだみたいな、
えーとね、
根底にあるのは、
画力と売れる絵は、
相関関係がないよっていうような
話なんですけど、
まあそうは言ってないんですけどね、
っていう話になると思うんですけど、
あのー、やっぱ絵描きはですね、
画力を上げたい。
とにかく、
上手な絵が描きたいと思っているわけですよ。
で、
無意識的にか、
まあ一昔前はみんなそう思ってたんでしょうけど、
今ですら、
今でさえも無意識的に、
上手い絵が売れるっていう感覚が、
どうしても抜けないんですよね。
うーん。
だけど、
実際、
マーケット的なところを見ると、
必ずしも上手い絵が売れているわけではないと、
いう状況ですよね。
うん。
それに対して、
まあその方は、
アートを極めるというか、
高めることと、
絵が売れるということは、
もう別の話っていうことを言ってまして、
それそのものは確かにね、
うん。
まあそういう現状っていうのは、
06:00
確かにあるなと思っているんです。
で、自分自身もね、
やっぱ絵が売れたいなと思っているので、
目標としてはパッチマンガアートを
コンスタントに4万円で売るっていうね、
目標に掲げてるんですけど、
まあその方もおっしゃってたのは、
コンスタントに絵が売れるっていうのが、
まあ難しいよねっていう、
話ですね。
これが面白かったのが、
あの、
えっと、
なんだろう、
えっと、完成された、
もう満足度120%の、
イラストを、
あの、命をかけて、
まあこの言葉好きじゃないな。
まあいいや、
一生懸命イラストレーター描けば描くほどですね、
欲しいと思っている方は、
満足度が120%の絵を描かれれば、
それを買ったとして、
それを一生やっぱり大事にしたい。
一生飾っていきたい。
満足度が高いからね。
って思うと、
ただ、
あの、
商売は、
お金が常に入り続けないといけない。
イラストを売るというのが商売だとすれば、
絵は売れ続けないといけないんですよね。
描くごとに売れ続けないといけない。
でも、
120点のイラストを手に入れた人は、
それ以上のものを別に欲しくならない。
欲しくならないというか、
これは現実的な話じゃなくて、
ちょっと理屈的な話で考えてくださいね。
理屈で言えば分かると思うんですよ。
120点のものを、
もし手に入れてしまったら、
それ以外のものを別に欲しがらない。
じゃないですか。
だから、
一生懸命やって、
完成度が高い。
これはすごい。
120%の出来だというものを描けば描くほど、
描いてはそれで満足するから、
それ以上、
コンスタントに売れるということはない。
矛盾というか、
商売にならない。
アートを高めて頑張るほど、
商売にならないというね。
構造があるよね、
という話をしていて。
確かにと。
だから、
アートは、
確かにと。
それで言えば、
やっぱり下手なところから、
徐々に上手くなっていくみたいな方が、
前のやつより今回のやつ上手い。
今回のやつ。
だから、60点のものを買った人が、
次80点のものが出たら、
こんなに良くなっている。
買おう。
次100点が出たら、
さらに良くなっている。
買おう。
これ理屈の話ですよ。
理屈といえば、
そうじゃないですか。
次が欲しいってなるのは、
次が前より良いっていうことにならないといけない。
一番最初に、
最強のものが手に入れれば、
それ以上は欲しくならない。
それ以上はもう、
手に入れる必要がなくなるみたいなね。
そういうことなんですよね。
消耗品とは違うんでね。
だから、
なるほどなと思ってね。
09:00
現状だから、
そんな絵が、
あんな絵がなんで売れるんだって、
思うことが多いと思うんですけど。
その方イラストレーターなんで、
イラストレーターが
イラストレーターに向けて発信している、
YouTubeチャンネルなんで、
ちょっとそういう目線の見方で
言うんですけど、
なんであんな絵が売れるって思うことありますよねって。
これはだから、
別なんだと。
絵のその、
デッサン力とか画力とかとは、
別軸で、
売れるっていう話があるので。
むしろですね、
その方が一番面白いなと思ったのは、
むしろ子供の頃から、
絵が好きで得意でずっと描いてて、
どんどん画力を上げていった人は、
どうしても完成度を求めるから、
そっち方向になってしまうと。
むしろ、
大人になってから絵描き始めました、
みたいな人の方が、
あんまりその、
そういうこだわりよりも、
売れた!やった!とか、
そっちの方でやっていけるんで、
結構バンバン出して、
バンバン売ったりとか、
あるいはマーケティング頑張ってやることに、
抵抗を感じない。
なんか、
時代もあるんですけど、
アートはお金とは別っていう意識で、
やっぱり、
なんだろう、
ストイックになればなるほどね。
そういうこり固まりの考え方が、
強いんで、
金のために描いてるんじゃない、
みたいなね。
職人気質になればなるほど、
そういうのが強いんで、
子供の頃から描いて、
コツコツと画力を高めた人っていうのは、
案外そういう気質になってて、
でも途中から始めた人は、
あ、絵が売れて生活できるってすごくいいよね、
みたいな、
案外軽いのに、
売れるっていうことも、
全然抵抗なくやっていける、
みたいなね。
ニュアンスうまく伝えられないですけど、
わかりますかね。
現状そうだ、
僕もそう感じること多いんで、
でもそれあるなぁと思ってですね、
で、
これだから、
自分自身が音楽に関して、
結構そういうとこあるんですよ。
多分、子供の頃からちゃんと習ったりとかしてる人って、
もうね、
40歳、50歳とか、
もう50前ですからね。
この歳になって、
見せられんぞ、みたいなね。
絶対あると思うんですよ。
でも僕は、
全然習ってないし、
20歳くらいからギター始めて、
独学でやって、
自分の楽しんでるレベルみたいなのも、
湧きまえてるというか、
プライドがないというか、
っていうところがあるんで、
別に音が外れてようが、
演奏間違ってようが、
気兼ねなく、
スタイフで発表できるんですよ。
これを、
僕のでも、そんな僕でも、
これを絵に置き換えると、
なんか気軽に出せない。
12:00
気軽に発表できないんですよね。
だから音楽とかに関して、
僕は確かにそういう動きしてるなと。
しっかりやってる人からすれば、
そんなの世に出すなよっていうような、
レベルのものを平気で出せちゃうって。
その理屈が分かったとで、
別に本当に、
音楽を作らせるみたいなね。
イラストにもそういう面がある。
あるんだな確かにと思って。
っていうのをすごく感じたとともに、
でも僕は最初に言ったように、
これをアート性とビジネスっていうのを、
分けないというか、むしろこれを、
どう統合していくかっていうのが、
僕の課題であり、
それを構成に伝える課題だと思ってるんで。
だから、
職人になっちゃいけないなっていうのを、
僕は思うんですよね。
でもね、やっぱり書き始めると、
こだわりが捨てられない。
どうしても捨てられない。
なんか簡単なシンプルな絵を書いても、
何か足りない。
もうちょっとこれ書き足そうとかね。
もうちょっと書き足さないと、
出せないみたいなのが、
やっぱり生まれるんですよね。
ここを打破してみようかなっていうのを、
ちょっと今思ってますね。
僕ね、本当にね、
ラフとか最初にザサッと書いたやつ、
人に見せられないんですよ。
案外下手だなっていうのが、
バレちゃうんで。
デジタルでやっぱり、
整えて整えて、
よしこれならっていうのじゃないと、
表に出せなくて。
だから今結構ウィップ画像も出してるんですけど、
結構本当に恥ずかしくて。
って思ってるんですけど、
やっぱ思ってるのは、
職人気質で自分自身が見てるだけであって、
もうちょっと気軽に
取って売ってもいいんじゃない、
買ってもいいんじゃないって思ってる人は、
全然そんな風に感じてないんだろうな、
とも思うんです。
だから、
自分でも下手くそで
人に見せられないと思ってるレベルの、
ラフとか、
一発書きみたいのも、
思い切ってあえて出していってみたら、
どうなるのかなって今すごく思ってて、
逆にこれがね、
僕の好奇心を刺激しております。
なんだろう、
この絵描きのプライド以上に好奇心を刺激する。
むしろそっちに持っていこうと、
自分自身はしてますね、今。
なのでね、
本当に、
5分とかで描いたやつ、
僕が5分とかで描いたら、
案外この程度のもんですよ、
っていうのを、
出してみて、
っていうのを今思ってますね。
っていうのを、
YouTube見たっていう話ね。
だからそういうことしてみようかなっていうのが一つと、
あとですね、
ちょっと先週、
今週か、ザワザワっと、
一部界隈でザワザワっとした、
アートは自由であるべき、
15:01
説明するのは野語っていう話なんですけど、
僕はもうずっと、
孔子として、
説明必要だと思ってるし、
あとね、
時代的に、
感じてみるものって、
もう時代じゃないな、
というのも思ってるんですよ。
ここはもう持論ですよ、完全に。
だから説明してなんぼ、
説明して、
意図が伝わった時に初めて、
共感が出て、
さらに、
価値を感じられなかった人にも価値を感じてもらえるもの、
って思ってね。
そういう場面が多いなと思ってるんでね。
説明した方がいいな、
と思ってるんです。
もっと、
俯瞰で見て思ったことが、
もう一つあって、
自由でしょって、説明野暮でしょって、
言うのも野暮じゃないですか、
って思ったんですよね。
それ、
自由であるべきだっていう、
なんだろう、
概念を、
概念を、
説明してる、
って思ったんですよ。
自由だったら、本当に自由でいいじゃないですか。
見て感じる、
でもいいし、
説明して、
でもいいし、
それが自由じゃないかと、
思ったんですよね。
だから、
自由に感じるものは説明するのは、
っていうことを、
感性だから、
自由だからっていう、
言うんであれば、
じゃあ説明を受けたことによって、
共感を得るっていうのも、
感性だし、
自由であるべきだ、
みたいなのを、
カテゴライズするのも、
もはや自由じゃないな、
っていうふうに、
思いましたね。
だから、自由であるんだと言うんであれば、
自由であるべきだと思うんで、
説明するのも自由だなと、
そんだけの話です。
と、僕は思ったんで、
そこを、
いやそれをって議論に乗れば乗るほど、
どんどん
自由さがなくなっていくから、
自分の、
スタンスとしては、
逆に進むなと思ったんで、
忙しかったっていうのも
あったんですけど、
本気でその議論に乗る気が、
なかったって感じですね。
なんか、
一歩止まったんですよね。
ここまで言語化できてなかったんですけど、
最初、見聞きしたときは。
でもなんか一歩足が止まって、
で、しばらくね、
いろいろ考えたら、
こういうことだよね、結局って。
反論したりとか、
肯定したりとか、
すること自体が、
どっちかのスタンスを取るってことだから、
まあ、
18:01
自由じゃないよねっていう。
これが答えかなという風に
思いましたね。
僕はですね、あくまで。
そんな感じです。
その中で、
公私的目線で言うと、
説明するべきだと思うし、
うーんと、
なんだろうな、
自由で色、
いなさい、自由で見なさいという、
この概念自体が、
アートから
人を遠ざけてるって思ってるんで、
0-1講座っていうのを
話したときに、
要はそうこうなんですよね。
自由とか感性で
感じれない人はもうアートに触れちゃだめよ、
みたいなことを要は
言われてるようなことなので、
説明しないとわからないものは
アートじゃないって言われたら、
説明しないとわからない人はもう
アート触れられませんよねっていう話なので、
いやそれは違うでしょっていうのが
僕の0-1講座とか、
あと指導者としての
立場なので、
自由であり感性であるっていうのはもちろん、
もちろんそれも
わかってます。それも正解だと
思ってるし、
そんな感じですね。
そんな感じですね。
僕の理屈を説明すればですね。
はい。
これ一応一旦言っといたほうが
いいんだろうなと思ったので、
しゃべりました。
さて、あとね、あと何かあったっけ?
何かあったんだけどな。
もう忘れました。
もういい加減、
家事育児に戻りたいと思います。
あと、昼からの大金祭り
ちょっと体験してみます。
どんな人に会えるんでしょうか。
何かもわかってる人がいるんですがね。
はい、どんな感じでしょう。
いってきます。
はい、みやけんでした。
ではまた。