2021-08-31 10:12

問題を愛せよ

問題は僕たちを苦しめる敵ではありません。


自分の人生を一部を形成する

かけがえのない存在です。


問題を嫌なものだと解釈するのではなく、

ありがたいギフトだと考えると人生の景色が変わるはずです。

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はい、こんにちは、アポロです。
今日はですね、問題を愛せよという話をしていきたいと思います。
多くの人にとってですね、問題というのは自分の頭を悩ませるですね、悩みの種だと思います。
僕自身もやっぱりね、そういう風にずっと感じていたんですけども
問題というのはそもそも何なのかということですね。
以前、どこかでお話したことがあったと思うんですけども
問題というのは問題と解釈した瞬間に問題になるわけですね。
だからそれが問題だと思わなければ問題にはならないわけです。
ただ単純に何かしらの出来事が起こっているだけ。
それに対してこれは問題であるという風に解釈したことによって問題として自分が認知するわけですね。
そもそも何でそれに対して問題だって感じるかというとですね、
その出来事とか事象に対して自分が価値観を置いているからなんですね。
要するに大切に思っているからこそ問題だと思うわけです。
例えば何でしょうね、何でもいいです。
例えばサッカーしましょうか。
サッカーが上手くなりたいと、でも僕はサッカーが下手だと言って悩むのは
サッカーというものが自分にとって大切だから悩むわけですよね。
でもサッカーを全然やっていない人とか興味ない人からしたら
自分がサッカーが下手くそだとかって一切悩まないと思うんですよ。
それと同じで、例えば何でしょうね、背が低いとかもそうですけど
背が高くなりたいとか背が高くないとダメだとかという価値観を持っているからこそ
背が低いということに対してコンプレックスを感じたりとかね、
それが自分にとっての問題だというふうに思うわけです。
つまりこの問題というのはそこに自分の価値観があるからこそ問題だと認識するわけですね。
よくあるのがお金の問題とか人間関係の問題とかってありますけど、
多くの人にとってお金というのはすごく大切なものなので、
お金がないとかということに対してすごく悩むわけですけど、
別に世の中にはお金がなくても幸せに暮らしている人はいるわけですよね。
生きていくだけならそんなに大金を稼ぐ必要もないし、
やりたいことをやっていても十分に生きていけるわけだから、
お金よりももっと大切なことがあるとか考えている人はお金が人並み以下であってもそんなに悩むことはないわけです。
つまり問題と認識するのは自分がそこに価値を置いているからこそ問題として認識するということですね。
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だからそこには自分が大切にしている価値観が隠れているわけです。
それに気づかせてくれるのも問題ということですね。
この問題というのは何なのかということを考えてみてほしいんですけど、
多くの人にとって問題って嫌なものだというふうに思われがちだと思うんですけど、
実は問題というのは僕たちの人生を形作ってくれているものなんですよね。
自分たちが今持っている価値観というのは過去の問題によって作られていることが多いんですね。
例えば、何でもいいですけど勉強を一生懸命頑張っていい大学に行かないといけないと。
勉強ってテストの点数が悪かったら親に怒られたみたいな感じになると、
自分は賢くないとダメなんだ、勉強を一生懸命しないといけないんだという価値観になってしまうことがありますよね。
そこで一生懸命勉強頑張ったとしたならば、
その問題があったことによって自分は賢くないといけないという価値観を持つようになったということです。
つまりその問題というのは自分の人生の一部なわけですね。
今の自分という人間を形作ったのは過去の様々な問題が色々自分の価値観を形成して今の自分という人間を作っているわけです。
もちろん価値観の中には良いものもあるか良くないものもあるので、
全てが自分にとってギフトかというとそういうわけではないんですけども、
今の自分の人生、この考え方があるのは全て過去にそういう問題が起こったからこそ、
今の自分という人間が形作られているということです。
というふうに考えると問題というのは自分の人生の一部、
自分の体の一部と言ってもいいかもしれないんですけど、
そういうふうに考えると問題に対してあまり否定的な目で見ることはなくなると思うんですね。
自分を成長させてくれたとか、今の自分があるのは過去にああいう問題があったおかげだと考えると、
むしろ感謝の気持ちが湧いてくると思うんですよ。
そういうふうに問題というものを解釈、変えることができたら、
おそらく今直面している問題もありがたく向き合うことができると思うんですね。
大抵の場合問題というのは遠ざけようとしたりとか逃げようとしたりとかになると思うんですけど、
そこに正面に向き合って、それをどう付き合っていくのか、
問題嫌だというふうに否定するんじゃなくて、
それをうまく自分に活かすとか、感謝しながらありがたく受け取るとか、
そういうふうにすることによって問題に対する解釈が変わるわけです。
嫌だなとかね。結局解釈の問題じゃないですか。
それを嫌だなと思うのか、ありがたいと思うのか、
こんなの絶対嫌だと思うか、これは飛躍するチャンスだと解釈すればむしろワクワクしてくるわけですよね。
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だからあくまでも冒頭の話に戻りますけど、
問題というのは自分が問題だと解釈するから問題になるわけですよ。
それが例えば飛躍のチャンスだというふうに思うのであれば、むしろラッキーなわけですね。
人生の中に一切問題が起こらないとしたらどうです?
たぶんね、すごく退屈な人生になると思うんですね。何も起こらない。
ただ日々、平凡な毎日をずっと過ごしていく、死ぬまで。
その人生が果たして自分が求めているものなのかということですよ。
時折そういう問題とか試練とかそういうものが訪れることによって人生というものに深みが生まれて楽しくなっていくわけですね。
映画もそうですけど、最初から最後まで何も起こらないような映画って退屈じゃないですか。
やっぱりいろんな出来事が起こっていろんな困難が訪れて、そういうものを乗り越えていくからこそそこに快感というものが生まれて楽しいなというふうになるわけですよ。
人間はやっぱりそういうスリルを求める習性があるので、自分にそういうものが与えられていると思ったらすごくありがたくないですかね。
問題というのはそれを乗り越えたら一つ自分が成長したことになるわけなので、
一つ乗り越えた問題というのは2回目以降起こってもそんなに大事に感じないと思うんですよね。
もう一回それをクリアしているわけだから。
ってなると、もうそれを問題だと認識しなくなるわけです。
そして自分自身が強くなって成長するというふうに考えると、むしろ問題があったおかげで自分の人生がより高いステージになったということになるわけなので、
問題が起こらないと自発的に何か自分を高めていこうという思考を持てる人というのは少ないので、
やっぱりそういう何かせざるを得ないような状況が起こるからこそ人間というのは必死になって頑張るわけです。
それによって将来的に大きなリターンを得ることができたりするわけなので、
やっぱり今直面している問題も今は苦しいかもしれないけれども、後々考えてみると、
あれってすごく自分にとってギフトだったんだなというふうに思えることもあると思うんですね。
結局終わりを受ければ全て良しじゃないですけど、
未来が結果的に自分が幸せになれば全て正当化できるわけですよ。
あの経験があったから今自分は幸せなんだというふうに思えたら、全部チャラになるんですね。
その瞬間を迎えることができるかどうかというのは自分がどう問題と向き合うかというところですね。
そこから逃げてずっと問題嫌だってなったら、結局逃げているだけだから、それが解消したわけじゃないですよね。
また同じような問題に直面することもあるし。
そうするとずっと問題から逃げ回るという狭い範囲の中でしか生きていけないと。
でもそれを乗り越えていけば、同じような壁がまた訪れても簡単に乗り越えていくことができるわけです。
なので問題ということに対してあまり否定的な目で見ない。
必要以上にプラス思考で考えるのもそれはそれでちょっとどうかなとは思うんですけど、
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かといってあくまでもその事象とか出来事というものはプラスもマイナスもないニュートラルなものなので、
それをどう解釈するかということだけですよ。
でもやっぱりマイナスに解釈してしまうと物事の悪い面しか見えなくなってしまうので、
辛くなってしまったりというのはあるわけですけど、
そこでそれだけの問題が自分に降りかかるということは、
自分にそれを乗り越えるだけのポテンシャルがあるから怒っているわけです。
そうなると自分ってすげえんだなというふうに考えることもできるわけですよ。
それを乗り越えたときの快感が味わえるというふうに考えると問題もすごくありがたいものだと思われると思うので、
もしあなたが今すごく大変な問題に直面している場合もあまり否定的に考えすぎずに、
自分がそれを必要以上に大変なことだと思ってしまっているというふうにまず気づくと、
そしてその問題にどう向き合っていくのか。
問題というものは自分の人生の一部を形成するすごくかけがえのないものだと思うと、
問題に対する向き合い方も変わってくると思います。
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