1. コウブン和尚の寺子屋ラジオ
  2. #173 食事とは修行である
2025-01-13 20:30

#173 食事とは修行である

🎧 食事と修行 🍚🧘‍♂️
毎日の食事、慌ただしく済ませていませんか?
コンビニのおにぎり、スーパーのお惣菜…
私もかつてはそうでした。
しかし、修行時代、坐禅しながら40分かけてお粥をいただく中で、食事への意識が大きく変わりました。
🙏 感謝の気持ち
🍚 食材への敬意
🧘‍♂️ 心を穏やかにする時間
食事は、単なる栄養補給ではありません。
心を豊かにする、大切な修行の時間です。
今回の放送では、修行時代の体験を交えながら、現代社会における「食事と向き合うこと」の大切さをお伝えします。
日々の食事が、より豊かな時間になるヒントが見つかるはずです✨
#食事 #修行 #禅 #マインドフルネス #食育 #丁寧な暮らし #シンプルライフ #永平寺 #坐禅 #五観の偈 #感謝 #精進料理 #心 #健康 #ライフスタイル #standfm
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00:05
どうも、コウブンです。 栃木県の片田川にある蓮城院というお寺で、副住職をしております。
はい、今日はですね、食事と修行、まあそんなテーマでね、お話をしていきたいとおもいます。
はい、皆さん、普段どんな食事されてますでしょうか?
朝なんかはね、結構慌ただしく、
シリアルに牛乳をかけてそれをいただくとか、あとはおにぎり、コンビニのおにぎり、コンビニのサンドイッチなんかをね、
食べてサッと済ますという方もね、多いのかなと思います。はい、昼は昼で、会社のデスク、パソコンを見ながらね、
やっぱりね、お弁当であったりとか、あるいはパンとかね、
そういったもので済ますという方もね、いらっしゃるのかなと思います。で、夜は夜になったら、
スーパーとかに売ってるお惣菜、ね、疲れちゃってるんでね、あの食事を作る気力もないということで、
まあそう、お惣菜で済ますという方もね、多いのかなと思います。まあともかくね、
なんていうのかな、普段の生活ですよ。土日、土日というか、休日は、
まああのね、どこかで出かけて美味しい食事食べたりとかっていうのはあると思うんですが、普段は、
割とその食事というもの、結構ね、存在に扱ってる部分あるのかなと思います。はい、私も、
サラリーマン時代は、やっぱりね、そういう部分ありました。朝の食事はね、やっぱり、
まあコンビニはあんまりなかったんですけど、家で冷凍しておいたご飯をね、解凍して、
おにぎりにしてね、食べて、サッと出かけるね。あの、味噌汁は、
えー、なんていうの、
えーと、
なんだ、出てこない。フリーズドライの簡易的なやつ。
そういったものであったりとかでね、済ますということはね、多かったですね。で、帰ってきたら帰ってきたで、
うちはその妻、奥さんもね、働いておりましたので、共働きということで、割とね、お惣菜であったりとか、本当に簡単な食事
っていうようなパターンがね、多かったかなという思い出があります。
まあそんなようにね、そのような形で、食事というものに対して、あまり普段はね、意識を向けるということは少なかったというところなんですけども、
私もね、その修行というもの、永平寺というところで修行いたしましたけれども、その修行を通じて、食事っていうものをね、
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食に対しての向き合い方、というようなね、そういう意識は大きく変わりました。
今日はその修行時代の体験を、お話をね、交えながら、現代に生きる私たちの
食事との向き合い方についてね、お話をしていきたいというふうに思っております。
まずは私の修行時代のお話をしていきたいと思います。
私が修行していたところは永平寺という福井県にあるお寺ですが、そこの永平寺ではですね、朝の食事はお粥で決まっているんですね。
はい、必ずお粥です。お粥以外はありませんね。必ずお粥をいただいていたんですが、
そのお粥のいただき方っていうのがね、結構特徴的なんですよ。
何が特徴的かというとですね、座禅をしながらいただくんですね。
座禅堂で、いつもはね、壁に向かって座るんですけども、そこにくるっと逆を向いて、廊下側というか通路側を向いてですね、
そして、自分の座っているところの床に
食器を広げて、そこにね、食事を給仕してくれる方、それぞれ配っている方が係であるんですけども、
その給仕してもらって、お粥をいただくっていうのがね、すごく特徴的なんですよね。
食事をいただくにしても、いろんなお供え事をするんですよね。
そういったお供え事をしていただいて、最後、
たくあんを使ってね、その器を、食器をですね、きれいに洗う。
洗って、
なんていうのかな、その食器をしまって、で終わるという。そういうのを毎日ね、40分ぐらいかけて食事をいただいてたということを修行中に
やっておりました。
すごくね、あの
朝の食事を40分毎日にかけていただくなんて、いやー、まあ、
贅沢と言えば贅沢ですけども、それくらい大事にしているということですよね、その食事をね。
食事というもの、食事という行為そのものを修行の一環として捉えているというわけですよね。
まあ、そういった特徴がある、相当種の朝の食事なんですけども、
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その中でね、お供えする言葉、これをですね、今日はちょっとね、皆さんに伝えたいなぁと思うんです。
以前の放送でもね、お話ししたことがあったんですけども、またね、ちょっとしつこくお話をしてみたいと思います。
どんなことをお供えするかというと、五感の下というものをお供えするんです。
五感の下。 五感の五は、数字の五ですね。
観はね、見る、観光とかの観ですよね。
そこに下は、下というのは下樹。下樹というのは歌のことです。詩ですね、詩。
短い詩のことを下樹と言うんですけども、つまり五つの観る歌ということですね。直訳すれば。
五つの観るというのは、五つの観点で食事というものを観る。
そういったものを歌としてまとめたもの、これを五感の下ということですよね。
五つの視点です。 その五つを今日は皆さんにお伝えしたいということなんですが、まず一つ目。
この食事、今からいただく食事というものは、どこから来たのか。どこから来たのかというのは、食事を食べる、
食べられる状態になるまでに、その食材というものはどういう過程を踏んでできたのかとか、どんな人が携わってきたのかとか、
その食事が自分のところに届くまでの過程というものを、ちょっと目を向けてみましょうということなんですよ。
例えば、お米、ご飯、白米、いろんな言い方がありますけど、その白米が自分が食べられる状態になるまで、どんな過程があるでしょうか。
まず種が苗になりますよね。 苗になったものを田んぼに植えますよね。
田んぼに植えられた苗は、太陽の力とか風とか雨とかいろんな力で育ちますよね。
育った苗は稲となって、稲が実をつけて、その実をつけた稲を収穫をして、収穫したものを脱穀して、脱穀したものを精米して、
精米したものを袋に詰めて、卸業者かな、JAみたいなそういうところに集めて、
集められたものをお店に流通して、お店に並んだものを買ってくる人がいて、買ってきたものを調理する人がいて、やっと食べられる。
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お米一つ摂っても、ものすごい時間と労力といろんな人がかかってますよね。
そのような形で、どの食材もそのような形でいろんな労力がかかっているんだ。そこをまず忘れちゃいけませんよ。
ということですね。つまり当たり前ではないんですよ。というところですよね。
いろんな奇跡というか、いろんな偶然、いろんな力、いろんなご縁。
ともかくそういったものがあって、食事があるんだよということを忘れちゃいけない。 これが最初のところですね。
一発目からちょっと長かったですね。2つ目。
2つ目は、そのいろんな力があって、やっと食べられる。いろんなご縁があって、いろんな労力があって、
運ばれてきたその食べ物を、それを食べるにふさわしい行いを自分はしたんですか?
ということを、ちょっと振り返ってみましょう。
自分の行いというものを、ちょっと反省しましょうということですよね。
やっぱりね、いろんな人々が世話してくれたのにもかかわらず、自分は
何かこう、ただただ、自分のお腹が空いたから食べるんだ。
何もしないけど、お腹が空いたから食べるんだ。
というんじゃ、やっぱりちょっと申し訳ないですよね。世話してくれた人に対して。
自分は、いろんな生きるためにこういうことをやったんだというところを、それぐらいの行動を取ったんだから、
食事をいただくんだというところを、ちょっと反省してみる。これが2つ目です。
そして3つ目がね、食事というものは、基本的に生きるためにいただくものですから、
もっと食べたいっていうね、そういう欲張りな心、そういったものから離れましょう。
欲望というのは苦しみのもとですから、食事は喜びであって苦しみではないというところをね、理解しましょうというところですね。
もっとおいしいものとか、もっとおいしい方を食べたいとか、そういう気持ちはありますけど、果たしてそれ本当に必要ですかというところですよね。
あなたがこの食事をいただくこと、それは生きるためであって、あなたの欲望を満たすためではありませんよねというところをよくよく理解しましょうというところですね。
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とはいえ、やっぱりね、おいしい食事は嬉しいものです。
なので過度にその喜びを追求してはいけない、喜びというか欲望を追求してはいけないというところを忘れちゃいけませんよというところですね。
おいしいものを食べるのは結構ですね。より食べたいな、もっと食べたいなという気持ちが出てくる、そういう気持ちが出てくるのも結構です。
それぐらい良い食事をいただいたということですから、それはいいんですけど、
だからといって、もっともっとという心、自分が満足するまでに、もう食べられないという思いをするまでに食べるというのは良くないですよということです。
ちょっと熱く語っちゃいましたね。
4つ目、さっきもちょっとちらっと言いましたけど、食事というのは生きるために食べるもの。
ちょっと言い方を変えると、私たちは食べないと生きられないんですよね。
食べないで生きるというのは、ある意味病院で点滴を受けながら生きるという、それも可能ですけど、理屈でいうとね。
ただ、普通の生活を、日常の生活を送るのであれば、食べないで生きるというのはまず無理ですよね。
つまり、私たちは食べないと死んでしまう。食べないと死ぬという病気にかかっているんだという意識を持つのが大事だよと。
したがって、食事というものは薬とイコールである。食事は薬だと。異食同源という言葉がありますけど、それをもうちょっと分かりやすく言ったところですね。
食事は薬というふうにね、その意識が大事ですよというところですよね。
これが4つ目です。
5つ目というのはね、悟りを成就するために食事をいただくという言葉で、私たちのお寺ではお唱えをするんですけど、
これは言い方を変えれば、幸せに生きるために、幸せを目指すために食事をいただくんだということですね。
シンプルですよね。食事というのは人生を良くするための一つの行為であると。
幸せに生きるための行為の一つなんだよというところですよね。そこを忘れちゃいけません。
こういった5つの視点ですね。これを忘れてはいけませんということで、必ず食事の前にお唱えをするというのがね、これが相当集の場合の食事のいただき方というわけでございますね。
今ね、バッといろいろ言っちゃいましたけど、要するに感謝の心、それと適量に食べるということ。
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適量を知ると言った方がいいかな。それは大事だよというところですよね。
なのでね、いただきますという言葉、食事の前にいただきますと言いますがね、これは食材となった命への感謝というふうによく言いますけども、それと同時に作ってくれた人たちへの感謝。
あとは食事ができるという環境ですね。今自分が食事ができている、食べ物をいただいているというその事実に対して感謝。
それをすべて感謝をするためにいただきますという言葉があるんだよというところですよね。
いやいやいや、和尚、そんな時間ありませんよ。そんな毎日ゆっくり40分もかけている時間なんてあるわけないというふうに思われる方も多いですよね。
わかっています。私も経験者ですからわかっています。そんな毎日毎日は無理です。
だから、たった30秒でもいいと私は思います。食事の前にね、深呼吸一つをすると、それだけで心は大きく変わってくるんじゃないかなと思います。
例えば、オフィスでお弁当を食べるとき、パソコンからちょっと離れて、まずは食べ物のお弁当の食材の彩りをちょっと眺めてみる。
何があるのかなあって。あんまり考えないですよね、普段はね。
だけど、あえて、あえてですよ。今日はご飯に何々が乗っているとか、この野菜はどこどこの野菜かなとか。
とにかくね、まずはちょっと眺めてみる。大事かなと思います。
そして、一口目をね、一口目だけでいいと思います。とにかくじっくり味わってみる。
味わうというのは、食感もそうですし、味そのものでもいいそうですし、香りとかね。
そういったものを、自分の舌、鼻の感覚をフルに活用して味わうんですね。
そういったことをやってみる。これね、そんなに時間かかりません。
そういったことをやってみるというのはね、食事の質というものが大きく変わっていくかなと思います。
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とにかく意識して味わってみる。
食材、どういった食材を使われているのか、それを作った人はどういう思いだったのか、なんていうことをね、少しだけ考えてみる。
そういったことが作ってくれた人たちへの感謝だったりとかね、なっていくのかなと。
そしてそういう感謝の実践になっていくのかなとそういうふうに思います。
どうぞね、実践してみてください。本当にちょっとでいいと思います。
余裕ができたら、時間があるときはしっくり時間をかけて、さっき言った五感の芸、覚えていれば唱えていただいてもいいですし、覚えていなければとにかく感謝をするとかね。
自分がね、今まで食べるにふさわしい行いをしてきたのか反省するとかね、いろんな思いをね、巡らしてみてください。
食事に対して意識をね、しっかりと向けてみてください。
そういったところをしていけば、食事がね、まさに修行になるというわけなんですね。
今日ね、皆さんにお伝えしちゃいかったのは決して、その精進料理がとても大事なんだよというお話ではありません。
精進料理は確かにヘルシーですけど、ダイエットにももしかしたら向いているかもしれませんが、
それを精進料理のおすすめというわけじゃなくて、食事というものを通じて自分の心を豊かにしましょうというお話なんです。
日々の何気ない食事にほんの少し意識を向けるということが、心を整える一歩になるというわけなんです。
ぜひともね、今日はもう夜遅いから無理か、明日からでも始められます。
食事の前の30秒、深呼吸を1つしてみて、しっかりと食事に対して意識を向けてみる。
それだけであなたの食事というものは変わっていきます。
今日のお話はここで終わりたいと思います。
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どうぞよろしくお願いいたします。
では、連常院副住職の幸文でした。
ではでは、またね。
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