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2024-04-18 06:40

EP.288 今の日本はマシ? / 死ぬまで楽しむ方法。 他

今回のテーマ:
今の日本はマシ? / 死ぬまで楽しむ方法。 / 将来が不安。

元動画:
https://www.youtube.com/watch?v=ZyS35TEeeg8
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戦前の日本では自動労働見売りが横行していたし、戦後高度成長期は多くの人が中卒高卒でブラック過ぎる環境で働きまくっていましたよね。
80年代からバブルが始まってすごく豊かになりましたが、バブルが弾けて経済が停滞していますが、高度成長期までと比べたら全然マシですよね。
それなりに悲観する人が多する気がするんですが、これはこれでいいんですかね。悲観を外れば世紀に痛くなるだろうし。
多分その悲観というのが将来に対する悲観なんですよね。
昔の戦後高度成長期というのは他国にも学歴はそんなに持っていない人が多かったんですよ。
なので学歴のないながら一生懸命努力をして真面目に同じものを作り続けていくと、
それはアメリカさんが買ってくれたりして売り上げがずっと増え続けるよね。
なので日本でものを作って余ったものを海外の人が買ってくれる。だからものを作れば作るほど儲かるよね。
同じ工場で同じ仕事をし続けて60年引退できましたありがとうございましたというのが可能だった時代なんですよ。
でもインドマンの時代、多分20年間同じ仕事をし続けるものづくりでほぼないと思うんですよね。
昔は柄系みたいなのがあったんですけど、多分柄系って20年もってないと思うんですよね。
昔のデスクトップパソコンみたいなのも、20年前のものと今のものって全然違ったりとか、
ノートパソコン流行るよねってノートパソコンもバンバン作ってた時代から、ノートパソコンってそんなに売れないよねっていうので
IBMがレドボーっていうところに入手したりとかっていうので、もうスマホの時代だよねみたいになったりしてて、
その同じ商品をずっと作り続けるというのでもう食らせていける時代じゃないんですよ。入れ替わりの速度が速くなりすぎて。
そうすると新しいものをいかに作って、これはもう売れなくなったなって言ったら、もうとっとと諦めて新しいところに行くっていうのをやらないと、
先進国の利益率が維持できなくなるんですよね。
なので、新しいものに追いつくというのは、結局その教育だったり、その知識だったりっていうので、いかに頭を使うかって話になってしまって、
同じものを丁寧に作り続けていくからいいよねって話ではないんですよね。
なのでそこらへんのその知識だったり情報だったりというのをいかにずっと吸収して、それを使って商品を作り続けるかという学校の構造ができてないんですよね。
今の日本って、例えば文系の大学を卒業しましたって言って、文系の大学を卒業した大学4年間卒業した人と高校3年生の人で、
じゃあものづくりの能力ってどうですかって言うとほぼ差がないんですよ。多少英語ができるかなぐらいなので。
なのでその学問というか教育を受けたことによって、じゃあその生産性だったり経済的なもの、その中の付加価値を作る力というのがどれぐらい増えたかというと、ほぼ増えてないっていうのが日本の教育なんですよね。
アメリカとかの場合だと、じゃあそのコンピュータープログラマーになりてってなると、じゃあそのコンピュータサイエンスの学位を取るんですけど、
コンピュータサイエンスの学位を取っている人は、もうコンピューターでプログラムできるよねというのが大学が認めてくれるので、取った瞬間に即戦力なんですよ。
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でも日本の場合って、理系の大学卒業しました。Fランク大学です。プログラムできませんみたいな。っていうのがあったりするので、大学が何も教えてなかったとしても、大学卒業の資格が取れちゃったりするんですよ。
で、面接受かれば結構いいよねみたいな感じで、プログラムできないもんなぜかプログラムの会社に採用されるみたいなのがあったりするっていうのがあったりするので、
そこらへんのビジネス的に価値を生むということと教育というのがリンクしてないというのが今も続いているので、そうするとやっぱり日本が今後、いくら教育のお金を突っ込んだとしても、そこまで経済がうまくいくかというとそうでもないんじゃないかなというくらい予想の方が残念ながら当たってしまうんじゃないかなと思うんですけど、
それが何でかというと、文科省の人が大学だったりの学習指導要項を決めてるんですよね。大学じゃないか、したか。なので結局文科省の人って東大で一生懸命勉強して文科省にしか受からなかった人なんですよね。この言い方すると文科省の人がプライドを築くかもしれないですけど、普通だったら財務省行くよねとか、
もしくは財務省より前に大学のうちに外務院試験を受かってしまって、外務省に行って東大中退するというのがベストであるという考え方になったりするんですけど、官僚になるというのはそれなりにも大変なんですけど、でも官僚でも財務省の方がいいよねとか、経済産業省の方がいいよねとか、外務省の方がいいよねというのがあるんですけど、そういうところに受からなかった。でも勉強が得意ですっていう、勉強が得意なだけの人が文科省に行っちゃったりするんですよね。
そうすると今まで通りの自分が得意な勉強ができるやつを、これを教えて東大に受かるような人を作ろうっていうのをずっとやり続けちゃうんですよ。東大に行ったから、じゃあその人が経済的に利益を出すかっていうと、別にあんまり関係ないんですよね。
なので、日本の中でどういう教育が本来必要なのかっていうので、こういう教育方法をやってるところの生徒の方が伸びて金儲けてるよねみたいなのをちゃんと調べて、じゃあこのやり方をしようっていうのにならずに、相変わらず共通一時試験で古典とか漢文をひたすら覚えさせるみたいな。
古典漢文を覚えるおかげでどうやって金稼ぐのかっていうね。古典漢文を覚えなければ、その分じゃあプログラムとか法律の知識とか、もうちょっとマシなものを詰め込めるかもしれないじゃないですか。でもなんか古典漢文大事だよねみたいなことを未だにやってたりするので、それが悪いと思ってないんですよね。
僕はそれが間違ってると思うんですけど、でもなんか日本の若者は古典とか漢文を学ぶべきだみたいなお年寄りが言ってたりして、それを真に受けてるっていう。
お家に向かい死ぬまでの期間を楽しんで生きる気持ちを保つためにどんな気持ちを過ごすことだと思いますか。
暇な時間で楽しめる趣味を持つことじゃないですかね。
何かお金を払わないと暇な時間を潰せないっていう人だとずっとお金を稼ぎ続けなければいけないので、なんか資本主義の奴隷みたいな言い方になると思うんですけど、
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何か植木育てて回すとか、ゴロゴロして雲見てるだけで楽しいですっていう人であれば、別に生きてるだけで楽しいってなるので。
そういう趣味を見つけるといいんじゃないかなと思います。
もしハンディキャップ10度ASDなる子供を授かったら親子でどう生きていますか。
子供は6歳でピュアで可愛いです。将来が不安です。別に大丈夫じゃないですか。
日本の場合生活保護とか障害者年金とかあるので、普通にそのまま食いっぱがれないで生活できるので。
なので友達ができづらいと人生楽しくないので、友達を増やしてあげるぐらいをしてあげればいいと思うんですけど、
そうすると親が死んだ後も友達は普通にいると思うので、なので普通に暮らせばいいんじゃないかなと思います。
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